食をめぐる問題 3

Impossible Foods Inc.

 アメリカの事情に話を戻すが、ベジタリアンの世界では1980年代から、フェイクミート、ベジタリアンミート、ミートアナログなどの名称で呼ばれる植物性の肉の代替品が流通するようになった。2000年代に入って、食肉の生産によって排出される温室ガスが環境に与えるダメージが指摘されたり、「プラントベース・ダイエット」の健康効果が注目されたりし始めたことから、フェイクミート市場が一気に拡大した。

 中でも注目されているのが、2011年に創立され、小麦、ココナッツ油、ポテトなどを使ったオルタナ肉を開発し、レストランやファストフードにパテを卸す〈インポッシブル・フーズ〉、そしてイースト、ココナッツ油、エンドウなどを使ったバーガーを2013年から生産する〈ビヨンド・ミート〉である。特に後者は、タイソン・フーズやマクドナルドのドン・トンプソンCEO、俳優で環境アクティビストのレオナルド・ディカプリオなどからの投資を受け、最近ではIPO(株式公開)も果たして市場の熱い視線を浴びている。また、マクドナルドやアービーズといったファストフードの大手の中にも、次から次へと、フェイクミートの商品をメニューに取り入れるところが急に増えている。

 もちろん巨額の資金を投じて研究所で開発された肉のオルタナティブの安全性については、新たに開発された「食材」なだけに懐疑的な声もある。2018年には〈インポッシブル・フーズ〉が開発したヒーム(大豆のレグヘモグロビンから抽出した分子)をFDA(アメリカ食品医薬品局)が「安全」と評価する手紙を公開して話題になったが、遺伝子を組み換えたイースト、ソジウム、飽和脂肪をなど、自然主義者には嫌われる要素もある。〈ビヨンド・ミート〉が作るバーガーには遺伝子組み換えの材料は使われないが、ソジウムを使っている。

 私個人はこの2社の作る「バーガー」を実際に試してみて、肉を食べたときと似た倦怠感を感じ、そもそも肉と決別したのにわざわざフェイクの肉を食べる必要性がないという結論に至ったが、食肉生産による環境破壊のインパクトが指摘されたり、将来の食糧不足の危険が予測されるたりするなか、バイオロジーの最新技術と不足するリスクの低い素材を使って作り出される新たな「食材」に未来があるということは理解できる。

 一方、次なるホットな食材を探し求めるスタートアップの世界では今、「エディブル・インセクト(食べられる虫)」が注目されているという。メキシコ、タイ、中国などでは昆虫は食べ物として食べられてきたが、2019年に入って投資会社バークレイズが調査会社メティキュラス・リサーチとともに作成・発表したレポートによると、食材としての虫の市場は2030年までに現在の水準の8倍に成長する見込みだという。虫を食べる、ということに抵抗がある人が多いのは想像に難くないが、こうしたことの背景にもまた、これから深刻化する食糧不足の問題がある。それほど遠くない将来に、私たちが日常的に口に入れているものが食べられなくなったり、これまで食べなかったものを食べるようになったり、ということがあるかもしれない。

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Text by 佐久間 裕美子