高級化とその後

© Yumiko Sakuma

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 今ではすっかり高級住宅街化してしまったウィリアムズバーグには、かつてアーティストやミュージシャンが共同で運営するアーティストスペースが多数あった。「コワーキング」などという言葉が登場して商業化する、ずっと前のことだ。ジェントリフィケーションによって、こういう場所の多くはどんどんオフィスや住宅に改築されていった。スペースというものに高い値段が付くニューヨークで、個が活動することは金銭的に不可能になるのだ、と暗い気持ちを抱いた。

 ところが、2010年代に入ってスペースのタイプが多様化した。個人が借りることのできる最低限のスペースが小さくなった。

 リーマン・ショックの副産物のひとつに、「ギグ・エコノミー」と呼ばれる経済形態がある。不景気で仕事を失った人たちが必要に迫られて独立したこと、テクノロジーが進化して独りで活動するツールが普及したことと、そこに、不景気を経てフルタイムの雇用を増やしたくない企業の都合が合致して、フォトグラファー、デザイナーといった古典的にフリーランスが多い職業に加え、エンジニアからプログラマーまで、単発・短期的なプロジェクトを請け負うフリーランスの人口が増えた。そして、それとともに、彼らに提供するための場所が登場するようになった。

 ひとつは、かつてアメリカ海軍が使っていた倉庫群「ネイビーヤード」。ベッドスタイと呼ばれる地区にある。ギグ・エコノミーに目をつけたディベロッパーが、巨大なスペースを小切りにして貸していった。そこに、小さなブランドのアトリエや、新興系家具ブランドの工場など、インディペンデントの作り手たちが比較的安価に場所を持てるようになった。

 そのあと、長らく放置されていた時代を経て、少しずつ倉庫などとして貸し出されていたサンセットパークの倉庫群「インダストリーシティ」の本格的な再開発が2013年に始まった。

 ブルックリン南部のサンセットパークは、長らく発見されていなかった移民の住宅地だ。中華街があって、ヒスパニックが多数暮らす。最寄りの駅に停まる電車は少ないが、ユニオンスクエアから20分と意外に地の利も良い。インダストリーシティがまずやったのは、小規模な食の作り手たちを招聘し、キッチンと店舗をセットで貸し出すこと、つまり店が製造と販売を両方できる環境の整備だった。そうして慎重に選ばれた食の作り手たちのセットを売りにして、企業を誘致した。

 マンハッタンの家賃高騰した商業物件に代わるある程度のスペースを必要とする企業はいくらでもあった。すでに南ブルックリンの開発は進み、住民も増えていたから、社員たちから不評を買う心配もなかった。住民の大半がラッシュアワーになると一斉にマンハッタンに向かうことによる、長いあいだ常態化した交通ストレスの軽減にもなる。インダストリーシティの再開発が本格化すると、後にメレディス社に買収されたタイム社やコンデナスト・パブリケーションズ社が機能の一部を移設した。

 同時にインダストリーシティは、個人の作り手やフリーランスの働き手たちの誘致を始めていった。大量にある床面積を切り売りして作り手に貸し出すだけでなく、館内のパブリックスペースやイベントを通じて彼らに発表の場を与え、創作をサポートする。

 この2年ほどのあいだに、クリエイターやメーカー、会社を取材しにインダストリーシティを訪れる機会が増えた。そのフードホールには、マンハッタンの人気のバーガーやアイスクリーム屋が店舗を構える。人気の〈ライラック・チョコレート〉の工場を外から見ることもできるし、ここで活動する人たちの作品を取り扱うショップもある。ブルックリン初の酒ブランドがここで醸造を始めた。

Text by 佐久間 裕美子

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