今世紀に起きた政治的暗殺事件を振り返る

Alexandros Michailidis / Shutterstock.com

 7月8日、安倍晋三元首相が銃撃され暗殺された。銃撃犯は西日本で選挙に向けて街頭演説を行っていた安倍氏に向けて発砲し、日本国内に衝撃が走った。この事件を機に、21世紀に世界で起きたおもな政治家暗殺事件を振り返る。

 2021年10月15日:イギリスの政治家であるデビッド・エイメス氏は、有権者との対談中に過激派組織「イスラム国」の支持者に刺され、死亡した。

 2021年7月7日:ハイチのジョブネル・モイーズ大統領は、首都ポルトープランスの自宅において、夜間に襲撃してきた複数の銃撃犯により暗殺され、マルティーヌ夫人も負傷した。この襲撃により、警察当局の高官やコロンビア人元兵士による武装集団など、国内で40名以上が逮捕された。

 2021年4月20日:チャドのイドリス・デビ・イトゥノ大統領は、北部の反政府勢力との交戦地域で殺された。死亡の数時間前には選挙での当選を宣言しており、その後6年間も引き続き権力の座に就く見通しであった。
 
 2016年12月19日:ロシアのアンドレイ・カルロフ駐トルコ大使が、トルコの警察官に銃撃され死亡した。襲撃犯は犯行時、ロシア軍のシリアでの軍事行動を非難して叫んでおり、事件が起きた写真展では訪れていた人々に衝撃が走った。銃撃犯は、その場で警察によって射殺された。

 2016年6月16日:イギリスの国会議員、ジョー・コックス氏は、自身の選挙区でもあるバーストールの村で、極右主義者によって銃撃されたあとに刺され、死亡した。

 2013年2月6日:チュニジアの左派野党党首チョクリ・ベレイド氏は、自宅前で射殺された。事件の半年後に別の左派政党の党首であったムハンマド・ブラヒミ氏が殺害されるなど、ベレイド氏の殺害を機にチュニジアでは政治的混乱が引き起こされた。その影響はいまもなお続いている。双方の事件をめぐって有罪判決を受けた人はいない。

 2012年9月11日:アメリカのクリストファー・スティーブンス大使は、リビアのベンガジにあるアメリカ在外公館を襲撃した武装勢力によって殺害された。ほかに3名のアメリカ人がこの事件により死亡した。

 2011年10月20日:長期にわたりリビアを独裁支配していたカダフィ(ムアンマル・アル・カッザーフィー)大佐は、NATOの介入により失脚し、拘束時に殺害された。

 2009年3月2日:ギニアビサウのジョアン・ベルナルド・ヴィエイラ大統領は、大統領宮殿を襲撃した反乱軍によって殺害された。その数時間前に、西アフリカの政敵が爆破により死亡している。

 2007年12月27日:イスラム教が多数派を占めるパキスタンにおいて最初の女性首相であり、総選挙により選出された2人目の首相であったベーナズィール・ブットー氏は、ラーワルピンディーでの選挙集会中に自爆テロ犯により銃撃され死亡した。

 2005年2月14日:レバノンのラフィーク・ハリーリー首相は、ベイルートの海沿いの大通りを通行中、トラックを使った自爆テロ犯により殺害された。この事件により、21名が犠牲となり、226名が負傷した。レバノンでは多くの人が、隣国シリアによる犯行であると考えている。

 2003年12月29日:ブルンジのマイケル・コートニー大司教は葬儀からの帰宅途中に銃撃され、その後病院での手術中に死亡した。

 2003年3月12日:セルビアのゾラン・ジンジッチ首相は、首都ベオグラードにある都庁の前で銃撃され死亡した。前任のスロボダン・ミロシェヴィッチ氏による政権を2000年10月に打倒し、革命における主要な指導者であった。殺害に関わったとされる12名が有罪判決を受けた。セルビアの裁判所は、同氏が推進する親欧米路線の改革を阻止するために実行されたと裁定した。

 2002年5月6日:オランダの政治家でありポピュリストのピム・フォルタイン氏はオランダ北部の都市で、動物愛護運動家に射殺された。数日後には同氏が出馬する総選挙が予定されていた。

 2001年6月1日:ネパールのビレンドラ国王は、宮殿で家族に向けて発砲した息子のディペンドラ皇太子により射殺された。アイシャワリヤ王妃と王子、ほか5名も同様に殺害された。当局の発表によると、皇太子の婚姻をめぐる議論の末の銃撃であったという。

 2001年1月18日:コンゴのローラン・カビラ大統領は首都キンシャサにある大統領府で、護衛の1人によって暗殺された。銃撃犯は数分後に治安部隊により殺害された。

By The Associated Press
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP