「民主主義はもろい」NZ首相が米大学で警鐘 米国、世界へのメッセージとは
◆民主主義社会へのメッセージとは
アーダーンは冒頭、1989年に同じくハーバード大学の卒業式で演説を行ったパキスタンの元首相ベーナズィール・ブットー(Benazir Bhutto)に言及。ブットーは1988〜90年および1993〜96年の2期にわたって、パキスタンの首相をつとめた人物で、再選に向けた選挙運動期間中の2007年12月27日に発生した攻撃および自爆テロによって暗殺された。ブットーは1期目の在職中に卒業演説を行った。アーダーンとブットーの共通点は卒業演説にとどまらない。ブットーは、イスラム教国家で選出された初めてのイスラム教徒の女性首相。そして、彼女は在職中に出産した世界初の首相となった。そして、その約30年後、在職中に出産した2人目の首相がアーダーンである。彼女の娘の誕生日は、奇しくもブットーの誕生日である6月21日だ。
アーダーンは「民主主義国家は団結すべきである(Democratic Nations Must Unite)」と題されたブットーの卒業式のスピーチに触れ、改めて民主主義の脆弱性について訴えた。ブットーはハーバード大学の卒業生だ。当時、民主主義国家ではなかったパキスタンの出身のブットーにとって、ハーバード大学は民主主義の価値を植え付けられた場所だと彼女は語っている。ブットーのハーバード時代はベトナム戦争の最中。キャンパス内外でプロテストや対話が行われていた。その後、自国のパキスタンでは民主化が進んだが、軍政によって覆されるなどの歴史を経験した。こうした経験を経て、ブットーは「(とくに誕生したばかりの)民主主義は簡単に崩れ去る可能性がある(democracy, particularly emerging democracy can be fragile)」とのメッセージを伝えた。そして、民主主義国家にさらなる協力と団結を要請した。
アーダーンは、ブットーのこのメッセージを引用しつつも、民主主義の強さは必ずしもその歴史に比例するものではないと述べた。つまり民主主義の歴史が長くても、それは簡単に崩れ去るリスクがあるということだ。強い民主主義は、ディベートと対話の元に成立する。そして、事実がフィクション化され、デマが事実に変換されるといったような状況においては、アイデアに関する討論は失われ、議論は陰謀論によって飲み込まれてしまうと彼女は訴える。アーダーンのこの訴えは、デマや陰謀論に溢れ、健全な民主主義が失われつつある米国の現状に対しての非難であり、警鐘のメッセージでもある。
アーダーンは、民主党と共和党の政治的な抗争が、民意と政策の食い違いを発生させている銃規制や中絶の問題にも触れた。先日、米テキサス州南部ユヴァルディの小学校において銃乱射事件が発生。生徒19人と教師2人が殺害された。ニュージーランドでは、クライストチャーチで同様の事件が起き、51人が殺害された。ニュージーランド政府は事件発生後、殺傷能力の高い銃の買い取りプログラムを実行し、再発防止に取り組んだ。一方、米国では国民の大半が銃規制の強化や中絶の権利に対して賛成しているにもかかわらず、銃規制の強化は進まず、中絶の権利は失われつつある状況だ。
分断が進む米国、そして民主主義というイデオロギーの価値が損なわれつつある世界において、アーダーンとブットーのメッセージは非常にタイムリーなものだ。アーダーンは「真摯なディベートと対話、情報とお互いに対する信頼の再構築、そしてエンパシーによって、分断のない社会を目指そう」と呼びかけ、スピーチを締めくくった。首相のメッセージは、卒業生だけではなく地球市民に向けた平和構築の訴えである。
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