ポーランド、物議をかもすホロコースト新法で歴史の書き換えを図る

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著:Svenja Bethkeレスター大学、Lecturer in Modern European History)

 アンジェイ・ドゥダ大統領が署名した物議をかもしている新法の規定により、ポーランドのホロコースト加担をほのめかす人は、罰金、さらには3年以下の禁固刑を科せられる可能性がある。この新法により、第二次世界大戦中にドイツ軍によるユダヤ人への残虐行為や組織的な大量殺人にポーランドが加担したと非難するのは違法行為となる。

 この法律は当初、アウシュビッツやビルケナウなどの絶滅収容所に「ポーランドの死の収容所」の用語を使用することを違法とするよう立案されていた。これによりポーランドの政治家たちは、ドイツ占領下にあったポーランドの地で絶滅収容所を建設したのはほかならぬドイツ人であることを明確にしたかった。それは真相だが、この法律にはもっと深い意味がある。

 議員たちは2年前に立案された法案に対し、曖昧な部分を残さず意味を明確にしなくてはいけないと警告していた。しかしながら政府は条文を不明瞭にして、新法によって広範な内容を「ポーランド国家の威厳」にとって危険だと判断できるようにした。

 政権与党のポピュリスト政党「法と正義」(PiS)は折に触れて、 ポーランドの過去について国家主義的で「良い気分にさせる」解釈の確立を目指してきた。この解釈の中核は、ポーランド人がひたすら被害者の代表として現れる第二次世界大戦の物語にある。この歴史には両面性がまったくない。ポーランド人がドイツ人の残虐行為に一部でも協力したかなど、議論もできない。

◆歴史を書き換える
 ホロコーストを研究する学者は、大きな困難に直面する中で長い道を歩んできた。その困難は、被害者の苦しみを理解することと密接に関わっている。最初は加害者の行為、計画や動機の系統だった研究に始まったが、徐々に被害者側の見方、悲壮な体験、生き残るための苦労といった見解も、物語に織り込まれていった。研究者は順を追い証言、体験記、日記を加え、被害者たちの声が表に出るようにした。

 ドイツ人は加害者、ユダヤ人は被害者という単純化された分類から離れることができたと研究者が感じた時、研究はひとつ先の段階に到達した。ドイツ占領下での、非ドイツ人市民による虐殺への加担に焦点を当てたのだ。ポーランドの研究で重要な役割を果たした学者には、ヤン・トマシュ・グロスヤン・グラボフスキがいる。ホロコーストを生き延びた人の証言をもとにグロス氏は2000年、イェドヴァブネという小さな町で1941年に起きた大量虐殺にポーランド人市民が加担し、近隣のユダヤ人を殺害してドイツ軍を手助けした事実を明らかにした。

 歴史家は、自身が制作する文脈の中にあるイベントを理解しようとするのに、一次資料を分析する。新たに入手した文献を加え、さらに最新の方法論的アプローチを組み合わせることで、以前の解釈を再検討し、歴史に対する見方を広げる。学界はこのようにして知識の境界を拡張していくのだ。

 ポーランドの新法は政府に対し、過去についての異なる解釈を制限する権限を与えている。国家主義的な政治的意図をもって、歴史の書き換えを目指しているのだ。これはホロコーストに関する研究分野での学術的な功績に疑問を投じるだろう。学問の自由、寛容さ、批判的考察からみて危険である。

 この法律はホロコースト生存者およびその苦しみに対する理解への侮辱である。その苦しみへの理解はかつて、そして今でも、個々人だけでなくユダヤ人全体にとって傷みを伴う道のりである。新法は強力な政治組織に対し、過去に関する被害者の物語に手を加え、ホロコーストの最中には声を出せなかった人を黙らせることができるようにした。

 政治的な動機をもとにした、真実が覆い隠されたような歴史を容認するのは、ホロコーストの否定を合法化する際の第一歩となる。困難で痛々しい過去と向き合うことによってのみ、私たちは未来にホロコーストのような事態が起こらないようにする方法を学ぶことができるのである。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated via Conyac

The Conversation

Text by The Conversation