積極的に向き合いたい憲法改正 より良い社会を実現するために

Sean Pavone / Shutterstock.com

著:井上武史(九州大学大学院准教授)

 憲法は社会を運営するためのインフラであると考えられる。多数の人々が社会を構成して共同生活をするには、共通のルール(法律)と経費(予算)が不可欠であろう。それらを誰が、どのように決めるのかを定めるのが憲法である。憲法では、それらは国会が決めるとされているが、その国会をさらに衆議院と参議院とに分けることで、多様な民意が反映されるような工夫がなされている。

 また、個人の重要な権利は多数決からも守られなければならない。このため憲法は、思想・良心の自由や表現の自由などの基本的人権を掲げて、それを憲法の番人である最高裁判所に守らせる仕組みを定めている。

 これに対して最近では、憲法とはもっぱら「国家権力を制限するもの」「国家権力を縛るもの」であるという理解が強調される。しかし、このような憲法観は一面的であり、憲法が本来果たすべき役割を十分に捉えていない。国家権力を制限するだけでは、社会を運営することなどできないからだ。

◆現行の制度は唯一のものではない
 憲法が社会を運営するためのインフラであるといっても、それはどのようなものであってもよいわけではない。それは「立憲民主主義」の考え方に立脚する必要がある。立憲民主主義とは、平たく言えば、個人の基本的人権を守りながら、民主的にものごとを決めることである。もっとも、立憲民主主義の考え方を、いかなる具体的な統治制度に結実させるかは、国によっても時代によっても様々である。

 日本の憲法議論で重要なのは、日本国憲法の定める現行の統治制度が立憲民主主義の唯一の形態ではない、という理解を共有することであろう。たとえば、大きな枠組みで言えば、政治体制を大統領制にするか、議院内閣制にするかという選択がある。日本国憲法は後者の議院内閣制を採用しているが、アメリカは前者の大統領制に基づいて統治制度が組み立てられている。また、議会制度については、現在は衆参両院からなる二院制が採られているが、韓国などのように一院制議会の国もある。

 さらに、裁判制度についても、日本国憲法は1つの最高裁判所を頂点とする英米型の裁判制度を採用しているが、ヨーロッパ諸国のように通常の裁判所のほかに行政事件を専門に扱う行政裁判所を置いたり、憲法問題を専門とする憲法裁判所を設置したりする裁判制度もあり得る。とくに、憲法裁判所は立憲民主主義を担保する重要な機関だと考えられており、いまや現代型憲法の標準装備となりつつある。

 このような様々な可能性の中で、日本国憲法は、議院内閣制、二院制、最高裁判所制を採用した。しかし、それは憲法制定時の偶然的な選択であって、現行憲法が採用している統治制度は絶対的なものではない。不都合があればより良い制度への変更を検討すればよい。たとえば、日本の最高裁は、国会に対する遠慮から、違憲と疑われる法律についても、積極的に憲法違反と判断するのを控える傾向にある。こうした最高裁の態度は「司法消極主義」と呼ばれる。憲法施行から70年を経過して、最高裁が法律を憲法違反と判断したのはわずか10件である。この数は、戦後ドイツの憲法裁判所が400件以上の違憲判決を下しているのと比べると著しく少ない。これでは、日本の違憲審査権は機能していないのではないか、という疑念を向けられても仕方がないだろう。このような問題状況が認識されて、最近では憲法裁判所の設置が議論されるようになっている。

 一方で、現在の統治制度を前提としても、立憲民主主義の質を高めるための改革はあり得る。たとえば、2017年総選挙後の衆議院での女性議員は、465名中47人で全体の10.1%である。しかし、社会での男女比がだいたい均衡していることを考えれば、衆議院は社会を適正に反映していない。日本の民主政治が健全であるとは言えないだろう。

◆憲法改正で男女平等を実現したフランス
 では、政治の場面で男女平等を実現できないのか。これを憲法改正によって達成したのがフランスである。フランスでも憲法で男女平等は掲げられているが、女性の社会進出の面では先進国の中でも大きな遅れをとっていた。

 しかし、1999年の憲法改正で政治の場面での「男女同数原則」(パリテ原則)が導入されて以降、女性議員の数は増加し続けている。議会下院においても1997年での女性議員の割合は10.8%だったが、2017年総選挙では38.8%にまで上昇した。

 日本においても近年、政治分野における男女共同参画の推進に向けた議員立法が検討されているが、フランスでは法律レベルの改革では性別を理由とする差別にあたるために、一段高い憲法レベルでの改革が必要とされたのだった。

◆時代に即したあり方を絶えず構想する
 日本の場合はさらに、人口の多い高齢者層が政治に影響力をもつ「シルバー民主主義」という課題に直面している。そこで、若年層の声を政治に反映するために参議院を「世代代表の府」にする憲法改正もあり得るだろう。現在、参議院の選挙制度に関して、隣り合う2つの県を合わせて1つの選挙区とする「合区」の解消が議論されているが、国会に届けなければならないのは、地方の声だけではないのだ。

 いまある憲法や統治制度は絶対的なものではない。日本の現在や未来にとって望ましい立憲民主主義のあり方を絶えず構想して、建設的な憲法議論が展開されることを期待したい。

Text by 井上武史