自分に恩赦? 物議を醸したトランプ大統領の初恩赦、そこから見える憂い事

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 トランプ大統領は先月25日、過剰な不法移民の取り締まりでアリゾナ州から有罪宣告を受けた85歳の元保安官ジョー・アルパイオ氏(85)に恩赦を与えたが、このことで大きな波紋が起きている。

 恩赦とは、司法手続きによらず行政権が刑の一部またはすべてを消滅させることを指す。日本では内閣が決定し、天皇が承認する形をとる。アメリカの恩赦制度では、州法の犯罪者には各州の知事に、連邦法の犯罪者には大統領に権限がある。恩赦は古くから多くの国にその制度があり、例えば大罪人も、国王の代替わりを機に無罪放免になることもあった。

◆単なるトランプ支持者ではない
 アルパイオ氏は、「アメリカで最もタフな保安官」と自称している人物で、保安官になる前は軍にも勤めていた(BBC)。

 1993年にアリゾナ州のマリコパの保安官に初当選し、アリゾナ州から法廷侮辱罪で有罪判決を受けて失職する約半年前の2016年11月まで現職だった。国境に壁を作る計画を公約にあげるトランプ政権の誕生で、不法移民対策がアメリカの課題のひとつであることが浮き彫りになったが、アルパイオ氏はその国境警備にある意味過度の使命感を燃やした人物だ。そしてトランプ支持者であり、大統領選のときは選挙演説に登場する場面もあった。支持者を擁護するというありがちな話かもしれないが、アルパイオ氏の保安官としての活動歴を知ると、トランプ大統領自身の移民への取り組み思想、そして人間性にまで疑問符がつきかねないのだ。

◆アルパイオ氏の人物像
 古いアメリカ漫画の中の囚人の姿は、白と鼠色の横のストライプの囚人服を着ている。これは脱走したときに目立つようにしたものだが、アルパイオ氏はかつてのこの囚人服を復活させ、ピンク色の下着と靴下を着用させたことで物議を醸した人物なのである。屋外労働では受刑者を鎖でつなぎ、高温な気候のアリゾナで屋外刑務所を設置し、そこに受刑者を生活させた(後に当選した保安官は閉鎖を発表)。

 2007年、保安官の部下が人種差別的で不当な職務質問をしているとして、ラティーノ系住民が集団訴訟を起こした。スペイン語を話しただけで移民として取り締まりの対象にするなど、保安官の権限を越え、かつ人権を無視した行為をくり返し、中止命令にも従わず有罪判決になった。

 それをトランプ大統領は、国境を守った功績を称えて恩赦の対象としたのだ。「彼はアリゾナの安全を守った」とツイ―トし、アルパイオ氏もその信念が報われたという内容のツイートをしている(ニューヨーク・タイムズ紙)。

◆トランプ氏の最初の恩赦、その狙い
 アルパイオ氏はトランプ支持者であったことから、支持層を守るための恩赦行為だったという疑念は当然ある。しかしそれは序の口で、トランプ大統領が「恩赦の力」に気づき、その最終的な狙いを“彼自身への恩赦”にしているという。ワシントンポストの記事から、CNNがその可能性について報じている。
 
 トランプ大統領が自らの恩赦を考えるとすると、疑惑の高まったロシア政府とのつながり、つまり大統領選のときの力添えについてであるとされる。憲法学者によると、米国憲法には、議会の弾劾を止めたり取り消したりすることはできないが、自らに恩赦を与えてはならないとは明記されていないという。トランプ陣営としては、今後様々な解釈で都合よく発動できるような方法を考えている可能性があると記事は示唆している。

◆アメリカの歴代大統領の恩赦の数
 アメリカ合衆国司法省のデータによると、歴代大統領による恩赦の件数はバラク・オバマ前大統領が212件、ジョージ・W・ブッシュ氏が189件、その前のビル・クリントン氏が396件、ジョージ・H・W・ブッシュ氏が74件である。ThoughtCo.の調べによると、近代の主要大統領で恩赦の数が一番少ないのがH・W・ブッシュ氏で、最多は就任期間も長かったフランクリン・ルーズベルト氏で2,819件。

 オバマ氏が大統領の就任期間終了間際に、麻薬犯罪の受刑者78人の刑の免除と同罪の受刑者153人の減刑を実施し、1日で恩赦した人数では歴代大統領で最多となったことが話題になった。この背景には刑務所不足の問題があり、恩赦は麻薬犯罪者でも暴力行為を伴わなかった犯罪者に限られたとされる。その目的はさておき、大統領の恩赦権限は、かなりのものであることが理解できる。

 トランプ大統領は就任後、短期間で大統領令を多発した人物。今回の恩赦は最初のものに当たるが、今後、歴代大統領並みに恩赦を実施するとなると、その対象が非常に気になるところだ。恩赦を受けたアルパイオ氏については刑を待つ身から一転、自伝の執筆や講演などに追われているという。さらには、トランプ大統領に批判的であることで有名な共和党上院議員、ジェフ・フレーク氏の対抗馬として次の上院議員選挙に出馬する可能性があるとも報じられている(ワシントン・エグザミナー紙)。

◆恩赦の特性として
 近代では、法律などの変更や廃止により罪の重さが変わる場合も恩赦の対象となることもある。冤罪の疑いでは、その裁きの是非を問うよりも、恩赦というかたちで減刑や刑の消滅でうやむやにしてしまうことも見受けられる。今も昔も、恩赦と権力は密接な関係にあるわけだ。言葉を変えれば、権力者には罪を与えること、それを許す(恩赦)ことの特権が与えられており、それは独裁者の君臨する国に限らず、近代の米国や日本でも同じようなことが可能であるとも捉えられる。

 今回のトランプ大統領の恩赦で、そのことを改めて認識させられたとも言えそうだ。「罰する」ことに関する権限の発動は糾弾の対象となりやすいが、「許す(恩赦)」ことについては強権であっても見逃しがちになる危険性がある。問題は、その対象者であり、改めて恩赦制度について考える機会にしたい。

Text by 沢葦夫