訳者を悩ますトランプ大統領の言葉: なぜ彼の言葉は、そこまで訳しづらいのか?

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著:Severine E Hubscher-Davidsonオープン大学 Head of Translation)

 ドナルド・トランプ大統領のスピーチやメッセージを他の言語に訳する際に、通訳と翻訳者が直面する困難については、すでにあちこちで書かれている。大統領がメチャクチャな英語をあちこちで使うたびに、世界中の訳者は頭をかかえてきた。

 訳者につきつけられた最も最近の課題は、トランプ大統領がフランス革命記念日の祝賀のために同国を訪問した際、ファーストレディーのブリジット・マクロン氏にむけて発せられた彼の不適切コメントをどう訳すのか、ということだった。フランスの翻訳者は、この「すごくいい体してるね!」を表す適切な訳語を見つけるのに苦心した。彼らはフランス人読者の反発を懸念したのだ。実際このコメントを報告するにあたって、フランス語圏のジャーナリストの一部は、トランプ氏の褒め言葉を 「vous êtes en grande forme」と訳した。この表現は、「あなたは非常に健康です」のかしこまったバージョンだと、フランス人読者なら容易に理解するだろう。

 訳者の間では、トランプ大統領の挑戦的なレトリックをそのままダイレクトに訳すか、トーンダウンして無難なものに直すかについて、大きく意見が分かれている。実際現場では、「扇動的な言葉を中和し、表現を柔らかにすべきだ」と信じる者もいれば、「訳者はトランプ氏本人が話す通りに訳す必要がある」と堅く信ずる者もいる。ロシア語の翻訳者の一部は、トランプ氏のあけすけな言葉を、むしろプーチン氏が話すような(品位ある)スタイルに変えているという報告もある。この話を当のトランプ氏が聞いたとしたら、彼は一体どう感じるのだろうか?

 しかし、言葉の用法や文法の問題とは別に、トランプ談話を訳すのが非常にやっかいな理由については、興味深い説明がある。それは何かと言えば、「多くの場面で、訳者たち自身がトランプ氏の考えに同意できない」というものだ。

◆正しいか否か
 この問題に関し、訳者の間で大きな争点となっているのは、トランプ氏の言葉を残らず正確に訳すことが正しいのか、正しくないのかという部分だ。例えば、ブラジルでプロの通訳として働くレナト・ヘラルデス氏は、米国大統領選挙キャンペーン中にトランプ氏が発した移民を中傷するコメントに関し、「果たして自分はこの言葉を自分の言語に変えて広く伝えたいだろうか?」という疑問を抱いた。「自分はこのコメントを、必要に応じて何度も繰り返して口にできるだろうか?」彼には確信が持てなかった。

 トランプ氏の発言を正確に伝えるためには、彼の視点に立つことが重要だ。しかしこれは、多くの訳者がためらい、難しいと感じるところだ。「最高の訳者は、話し手や書き手の視点に立つことができる」というのは、確かによく言われる。だが、そうすることの代償は何だろうか?

 日本人の元通訳、鳥飼玖美子氏(1980年代退職)は、発言者が人種差別主義的な意見や女性差別的な見解を述べるとき、通訳の仕事は非常に困難になると説明した。

 「通訳としての職責は、語られる言葉がどれほどひどくても、たとえ話し手がとんでもない嘘つきだと分かっていても、その人の言葉をそのまま正確に訳することです。通訳は、自分の個人的な感情をすべて取り除き、単なる話す装置に徹さなければなりません。何が正しく、何が間違っているか、訳者本人が判断して言うことは許されません。そこが最も厳しい部分です。私が通訳を辞めたのも、それが理由です。」

 道義上問題のある言葉を発する人物の訳を任されたとき、訳者は自分自身が嘘つきで不誠実で、人々を欺いているように感じる。したがって、トランプ氏の視点に立つために訳者が自分の内なる感情に蓋をすると、彼らは深刻な心理的ストレスを抱えることになる。トランプ氏の主張、独自の倫理、扇動的な言葉に心をかき乱され、結果として彼らの訳のクオリティにも影響が出てしまう。

 では、いったいトランプ氏の何が、そこまで訳者を苛立たせるのだろうか?

◆常識が通じない
 トランプ大統領の(評判の悪い)ツイートが、訳者の目には事実かどうか疑わしい主張で満ち満ちていることはよく知られている。まずそれ以前の問題として、あるメッセージを異なる文化圏に効果的に伝えるためには、不要な刺激を与えない政治的話術が不可欠だ。大文字と感嘆符を多用するトランプ氏の子供じみたツイートは(「SAD!」などと、彼は書いている)、その水準からほど遠い。

 そのため、一部の翻訳者は、トランプ氏のコメントの一部を削除したり、別の内容に変えたりしている。トランプ氏のことを上から目線で馬鹿にしたり、憐みの目で見たり、あからさまに反対したりしながら、彼の言葉を変え、場合によってはあえて訳さないという翻訳者たちの手法は、本来訳者に要求される基本姿勢に反すると言えなくもない。モスクワ・タイムズに勤務する通訳兼翻訳者のミッシェル・ベルディ氏は、トランプ流のツイートはあまりにも幼稚なので、ロシアの翻訳者たちはそれをより大人の表現に変える場合が多いと説明した

 では、訳者がトランプ氏の言葉を検閲する行為は、非難されるべきか? そうではないと答える人も多いだろう。翻訳学者のピーター・ニューマーク氏は、「訳者は、一般に知られている物理的・道徳的な事実と矛盾しない限りにおいて、話し手または書き手に対して忠実である義務を負う。したがって、訳すべき元の言葉が、読者や聴衆を誤らせる危険性が高い場合には、訳者はそれに異をとなえることができる」と説明している。トランプ氏がしばしば口にする暴力的で扇動的な言葉は、毎日のように人々を誤解に導いていると言っても過言ではない。したがって、それを訳すにあたっては、多くの訳者たちの個人的信条と激しくぶつかることが避けられない。

 結局のところ、政治が倫理の延長であるとするならば、訳するという行為もまた、政治と道徳に関わる行為である。トランプ氏の言葉に手を加えて訳することが正しいか否かは、一口に言える問題ではない。世界中の訳者たちは、この先の何年も、試練の時を過ごすことになるだろう。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by Conyac

The Conversation

Text by THE CONVERSATION

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