英総選挙、墓穴を掘ったメイ首相 「ハード・ブレグジット」は困難、交渉はより複雑に

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 8日に行われたイギリスの下院議員選挙で、与党保守党は解散前から12議席を減らし、過半数割れに追い込まれた。総選挙を3年前倒しして、EU離脱交渉に備え政権基盤を強化するというメイ首相のもくろみは、野党労働党の猛追を受け失敗に終わった。辞任を求める声もあるなか、メイ首相は続投を表明。保守党は北アイルランドの民主統一党(DUP)との連携で政権維持を図ることとなったが、メイ首相が目指したハード・ブレグジットは、ここに来て転換を迫られそうだ。

◆またもオウンゴール。有権者はメイ首相のやり方に「ノー」
 メイ首相のブレグジットに対する姿勢は、EUから離脱し、域内の単一市場と関税同盟からも去るというものだ。ボイス・オブ・アメリカ(VOA)は、与党の敗北の原因のひとつとして、メイ首相が求める「ハード・ブレグジット」を有権者が恐れたことを上げている。今回大きく議席を増やした労働党は、ブレグジット自体には賛成だが、交渉における姿勢には、妥協の余地を多く残している。労働党は、若い有権者からの圧倒的支持を得ており、その理由として、彼らがメイ首相の厳しい離脱プランを阻止しブレグジットを軟化させるためには、労働党が最良の媒介物だと見たからだとVOAは説明している。

 EUとの離脱交渉は19日からスタートする予定だが、メイ首相の個人的な権威はショッキングな選挙結果によって傷ついた、とCNNは述べる。EUのブレグジット交渉の主任担当者の1人、ギー・ヴェルホフスタット氏は、「(離脱を問う国民投票を約束した)キャメロン元首相に次ぐメイ氏のオウンゴールだ」と選挙結果についてツイートし、すでに複雑な交渉がより複雑になるとコメントしている。

◆ビジネス界も不安。方針転換を迫られる首相
 ガーディアン紙に寄稿した、欧州改革センターのディレクター、チャールズ・グラント氏が指摘するように、メイ首相の本来の意思は党内の右翼が望むハード・ブレグジットを推し進めることだが、議会においてハード・ブレグジットは多数派ではないため、交渉をまとめてブレグジット関連の法案を通過させるには、労働党や他の野党議員との協力が必要になる。同氏は、そのような大転換はメイ首相らしくないとしながらも、ソフト・ブレグジットに方針転換しなければ、首相の座自体が危うくなると述べている。

 フィナンシャル・タイムズ紙は、単一市場へのアクセスと、自由とまではいかずとも解放的な労働力の動きを必要としている英ビジネス界も、ハード・ブレグジットを望んでいないと述べる。同紙は今回の保守党の選挙公約は、各省庁への相談は最小限にし、少数の人々によって書かれたもので、成長を加速させる政策が不足していたと批判する。さらにビジネス界への配慮が欠けていることが、ブレグジット交渉の準備に深刻な悪影響が出ており、首相は有権者からのメッセージを真摯に受け止め、閣僚の意見だけでなく他の重要な利害関係者の声にも耳を傾けるべきだと述べている。

◆交渉は一筋縄ではいかず。イギリスの未来は不透明に
 もっともEU域内の人の往来の自由は穏やかに抑制するのみで、単一市場へのアクセスを確保することを目指すソフト・ブレグジットにも問題は多い。グラント氏は、EUは域内の人の往来の自由を求めており、移民の流入を制限したい保守党も労働党もこれは受け入れがたいと指摘している。さらに、単一市場に残れば、イギリスはEUの関税を取り入れ、EU外の国々との独自の自由貿易協定交渉は出来なくなるため、メイ首相は保守党の右派からの反感を買ってしまうと同氏は説明する。

 さらに忘れてはならないのが、ブレグジットは、イギリスだけでなくEU側の出方にも左右されることだ。グラント氏によれば、EU側はこのところ、事前準備が悪く、専門性を欠き、非現実的な要求をするメイ首相とそのチームにますます苛立ちを高めており、首相が他のEUリーダーたちとの関係作りにほとんど努力しないことにも驚いているという。EUにしてみれば、制度的、法的な一貫性を崩さないため、イギリスにだけ「おいしいところを取らせる」はずはなく、仮に交渉不成立となってもより大きな打撃を受けるのはイギリスの方であるため、交渉では自らの条件を強く主張してくると同氏は見ている。

 この選挙で力が弱まり、少数派政府の長となってしまったメイ首相のもと、イギリスのブレグジットはより不透明になってしまったとVOAは述べる。いまや戦闘態勢にあるメイ首相に、有権者からの支持はともかく、ハード・ブレグジットを強行する政治的体力があるのかは明らかではないとし、総選挙がブレグジットに更なる混乱をもたらす結果となったとしている。

Text by 山川 真智子