広島の原爆忌と安保法制、なぜ一部英米メディアは絡めて報道? 日本の平和主義の捉え方

 8月6日、広島は70回目の原爆忌を迎えた。平和記念公園で行われた平和記念式典には、被爆者や遺族ら約5万5000人が参列し、犠牲者の冥福と世界の平和を祈念した。海外からは過去最多の100ヶ国と欧州連合(EU)の代表が出席した。式典で、広島市の松井一実市長と安倍首相は国際社会に対し、「核兵器のない世界」の実現を強く訴えた。原爆忌を伝えた多くの海外メディアは、このことを中心に報じたが、いくつかの英米メディアは、安倍政権が推し進める安保法制が、国内で強い反対に遭っていることと併せて報じた。この取り合わせの根底には、各メディアならではの日本についての認識があるようだ。

◆核兵器は「絶対悪」
 松井市長は平和宣言で、「核兵器が存在する限り、いつ誰が被爆者になるか分かりません」と語り、核兵器廃絶の必要性を訴えた。この宣言で市長が、核兵器を「非人道性の極み」「絶対悪」と呼んだことは多くのメディアの注目を集めた(AP通信、ドイチェ・ベレ、ガーディアン紙、フィナンシャル・タイムズ紙(FT)など)。また、安倍首相が「あいさつ」の中で日本は唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」を実現する重要な使命があると語ったことも、多くのメディアが伝えた。

◆一部英米メディアでは安保法制に話がスライドする
 そんな中、一部英米メディアは、広島の原爆忌を伝える記事の中で、現在国会で審議中の安保法案が広島の被爆者やその他広く国民の間からの強い反対に直面していることを大きな比重で取り上げている。

 ロイターはその顕著な例だろう。ロイターは、広島は戦争への歩みを心配している、と語る。安倍首相は式典後、「被爆者代表から要望を聞く会」に出席した。広島の被爆者7団体の代表は首相に、安保法案の撤回を求めた。ロイターはこのことを踏まえ、被爆者は、日本が平和憲法から離れようとしていることを警告し、また首相を厳しく非難した、と述べる。安保法案については、日本中で大きな反対を引き起こしている、と語っている。ロイターは式典の模様よりも、まずこれらを先に報じた。

 英ガーディアン紙は、安倍首相が現在進めている平和憲法の解釈見直し、そして安保法制は、6日の式典に落ち着かない政治的背景をもたらした、と語る。また、式典で祈りをささげた参列者の心のうちには、戦後日本の平和主義への専心(が損なわれること)についての心配も存在した、と語っている。

 FTは、式典が行われたことを伝えたすぐ後で、安倍首相は、多くの人が軍国主義的な政策決定と見なしているものをめぐって、支持率の低下と闘っており、最近は街頭での抗議デモに直面している、と伝える。言うまでもなく、これは安保法制のことだろう。

◆広島・長崎の原爆があった故の日本の平和主義という見方
 これらの記事では、広島の原爆忌と安保法制とが、非常に関連深いもののように扱われている。その下敷きとなっているのは、おそらく、FTに見られる以下のような認識だろう。

 安倍首相の政策は、日本の軍事姿勢を改め、アメリカなど同盟国が行う海外での作戦行動に日本が参加することを認めるものだが、多くの人はこれを、広島と長崎から広まった平和主義の対極にあるものと見なしている、とFTは語る。すなわち、日本の平和主義の源泉、少なくともその一部は、広島と長崎にある、とする見方がここでは示されている。

 ガーディアン紙は、多くの有権者が安保法制に反対しているが、専守防衛という戦後日本の軍事的信条に対しての傾倒は、おそらく広島と長崎で最も根強いだろう、と語っている。広島・長崎では、平和への希求が特に強いとする見方だ。

 ワシントン・ポスト紙は、2発の原爆は今でも、焼けるような痛みをもたらす傷を日本に残しており、戦時の行動についての国民の内省を引き起こしている、と語る。そのすぐ後に、憲法はアメリカの進駐軍人が日本に代わって書いたものだとしつつ、国民の大多数は平和憲法を支持し続けている、と語る。原爆と、日本国民の平和主義に関係をうかがわせる書き方だ。

 これらに共通するのは、広島と長崎が、いわば日本の平和主義にとってのメッカだ、という認識ではないだろうか。そこで、広島の原爆忌を伝える際にも、日本の平和主義を動揺させるものだとの見方もある安保法制に、自然と考えが及ぶのだろう。

Text by 田所秀徳