あるパキスタン少女の悲劇

パキスタン パキスタン北西部のスワット渓谷で9日、イスラム過激派組織「パキスタン・タリバン運動」を批判する内容のブログを執筆していた14歳の少女マララ・ユスフザイさんが襲撃された。首に銃弾を受け重傷を負ったが、一命を取りとめた。パキスタン・タリバン運動は、冒涜的な執筆活動の報いとして、犯行を認めている。なお、13日に容疑者5人が逮捕された。

<事件の背景>
 パキスタンのスイスとも呼ばれ観光名所だったスワット渓谷は、2008年にタリバンによって占領された。まもなく女性の教育の禁止などの規範の押し付けが始まり、200校以上の学校が破壊された。
 そんな中、マララさんは匿名で、英BBC放送のウルドゥー語のブログに、タリバン制圧下の日常についての書き込みをはじめた。地元の有力者であり、女子学校の経営者でもあった父親が西側の取材を受けた際に日記を読み上げ、それをきっかけに注目を浴びる存在になった。彼女の日記は多くの少女の共感を呼んだ。

<勉強がしたい。少女の夢をねじふせるタリバンの武力>
 マララさんが語ったのは、医者になる夢、父親がタリバンに襲撃されたらという恐怖、制服はおろか華やかな衣服すらも着られない窮屈さ、学校帰りに見知らぬ男に「殺す」と言われたことなどだった。それでもくじけないという決意、世界に助けてほしいという願いも語った。勉強への熱意は、一時避難したあと自宅に戻った彼女が最初に探したものが学校の勉強道具だったことにも表れていた。
 2009年、パキスタン政府は大掛かりな軍事作戦を決行。同地区をタリバンから解放した。その後、マララさんは政府から、武力に屈しない勇気によって「国家平和賞」を贈られ、以後は、実名で日記をつづってきた。
 今回の事件は、追放されたはずのタリバンが今なおアフガニスタン側の国境近くに陣取り、パキスタンへの強い影響力と武力を行使している実態を浮き彫りにしたとFinancial Timesは伝えている。

<パキスタンに色濃く残る、少女を苦しめる悪習>
 国内の要人はこぞって今回の襲撃を非難した。首相は彼女を自分の娘になぞらえて、女性差別的な思想の撲滅を訴えた。人権委員会のハヤット氏はマララさんの勇気を称えながら、今回の事件によって、女の子を持つ親が学校を敬遠することを憂慮している、と語った。
 こうした声明の裏には、パキスタンに内在する女性蔑視的な因習が見え隠れする。たとえば、法律では禁じられているが、未婚の少女を血族間の確執解決の道具として交換する悪習が残る。それらを決定する非公式な部族村落長老会は、地域によっては絶対的な権力を持つとThe Wall Street Journalは伝えている。
 少女たちの夢の前に立ちふさがる現実は、重く厳しい。

Text by NewSphere 編集部