猫の爪とぎ、実はストレスからではない? 最新研究がその“通説”に異論

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 猫が家具や壁を引っかく行動は、多くの飼い主にとって悩みの種となっている。こうした「望ましくない爪とぎ」は、これまでしばしばストレスや不安のサイン、あるいは縄張りのマーキングとして理解されてきた。だが、果たしてその解釈は妥当なのだろうか。

 学術誌「Applied Animal Behaviour Science」に先日掲載された研究が、この問いに新たな視点を提示している。調査を行ったのは、イギリスのリンカーン大学の動物行動学者ジャクリーン・ブラッグス氏とダニエル・ミルズ氏。彼らは、猫の引っかき行動とストレス、マーキングとの関連性を改めて検討し、その因果関係に再考を促している。

 研究では、約1800人の飼い主を対象にオンラインアンケートを実施し、猫がどこでどのように爪を研いでいるか、またその頻度や状況、環境要因との関係について広範なデータを収集した。その結果、「望ましくない場所での爪とぎ」と猫のストレス傾向との間には、明確な相関関係は見られなかった。つまり、家具で爪を研ぐ行動が、必ずしも心理的ストレスを反映しているとは言い切れないのである。

 さらに、縄張りを主張する目的で行うマーキング行動との関連性についても、疑問が残った。たとえばほかの猫と同居していない単頭飼育の家庭でも頻繁に引っかき行動が見られたことから、爪とぎが常にマーキング目的で行われているとは限らないことが示唆された。

 研究者たちは、引っかき行動をより広い文脈で理解すべきだと主張している。それは、猫にとってごく自然で本能的な行動であり、特にストレスや不安といった単一の心理要因に短絡的に結びつけるべきではないという立場である。実際、引っかきの発生頻度には、猫の年齢や性格、住環境、さらには飼い主の対応の仕方といった複数の因子が影響していた。

 この研究はまた、飼い主が引っかき行動を「問題」と見なす背景にも着目している。たとえば、爪とぎ器の設置場所が不適切だったり、素材や形状が猫の好みに合っていなかったりすると、猫はより魅力的な選択肢として家具を選んでしまう。逆に、縦型・横型の異なる爪とぎ器を用意し、猫の好みに合った場所に配置することで、望ましくない場所での引っかき行動を減らすことができる。爪とぎ器を使ったときにおやつや声かけで褒めるといった「正の強化」も、行動の修正に有効である。

 また、年齢によって行動傾向が変化する点も見逃せない。高齢の猫は活動量が落ち、引っかき行動自体が減ることが多い一方、若齢猫は遊びの一環として引っかきを行うケースもある。こうした違いを理解することも、適切な対応には不可欠である。

 つまり、猫の引っかき行動を単なる「問題行動」として処理するのではなく、その背景にある自然な動機や環境との相互作用に目を向けることが、よりよい共生の鍵となる。この研究は、猫の行動を一面的にストレスの指標と決めつけず、多様な視点から観察し、柔軟に対応していく重要性を私たちに教えてくれる。

Text by 白石千尋