5億年前の海で獲物を狙う三つ目の捕食者「モスラ」

Art by Danielle Dufault, © ROM

 約5億600万年前のカンブリア紀中期に生息した、三つの眼と大きな鰓(えら)を持つ古代の海洋捕食者「モスラ・フェントニ(Mosura fentoni)」の内部構造が、最新の研究で詳細に明らかになった。発見は節足動物の進化や呼吸器構造の進化を理解するうえで新たな知見をもたらしている。研究成果は、英国王立協会発行の学術誌『Royal Society Open Science』に掲載された。

◆三眼の捕食者、モスラ・フェントニ
 モスラ・フェントニは、絶滅した放射節足動物(ラディオドント)の一種で、現代の節足動物(昆虫、クモ、甲殻類など)の初期の系統に位置づけられる。体長は約6.5センチメートルで、指の先ほどの大きさだ。三つの眼、特徴的な大きな棘のある前肢、円形の口、そして体の両側に並ぶ鰭(ひれ)を持っており、遊泳に適した体をしていた。

 中でも注目されるのは、16の体節にわたって伸びる鰓の構造だ。これは現生のダンゴムシやカブトガニといった動物に似ており、当時すでに高度な呼吸構造が存在していたことを示している。

◆驚くべき保存状態と進化の手がかり
 化石が見つかったカナダ・ブリティッシュコロンビア州のバージェス頁岩は、軟組織の保存状態が良好なことで知られている。モスラ・フェントニの化石でも、神経系、循環器系、消化器系といった内部構造が詳細に残っていた。とくに眼に関係する神経束の痕跡が確認されており、視覚情報の処理に関わっていた可能性がある。これほどの保存状態は極めて珍しい。

 放射節足動物はこれまで、単純な体節構造を持つと考えられてきた。しかしモスラ・フェントニの体の構造は、このグループにおける体節の多様性を示し、節足動物の進化におけるタグモシス(体節が連結して機能する仕組み)の多様な側面がすでに初期の段階で存在していたことを示唆している。

◆命名の背景と展示の予定
 属名「モスラ(Mosura)」は、1961年公開の日本映画『モスラ』に登場する巨大な蛾型怪獣にちなむ。化石の外見が「海の蛾」を思わせたことが命名の理由だ。種小名「フェントニ(fentoni)」は、ロイヤル・オンタリオ博物館で長年にわたり化石準備に携わった技術者ピーター・E・フェントンへの敬意を込めて命名された。

 標本は現在、カナダ・トロントのロイヤル・オンタリオ博物館に所蔵されており、2025年後半にはマニトバ博物館でも展示される予定だ。

 この発見は、節足動物の初期進化やカンブリア紀の生物多様性に対する理解を大きく前進させるものとなった。進化の初期から、これほど洗練された体の設計が存在していたことは驚きであり、今後も新たな発見が期待される。

Text by 白石千尋