紙の本と手書きに回帰するスウェーデンの学校 学力低下を懸念
8月、スウェーデン国内各地の学校には休暇を終えた生徒たちが戻ってきた。教師の多くは、印刷された書籍や静かな読書時間、文字を書く練習に新たな重点を置き、タブレットを使う時間や生徒が独自に行うオンライン検索、キーボードの入力練習に充てる時間を削っている。
スウェーデンは保育園へタブレットを導入するなど国を挙げて教育の超デジタル化を推進してきた。そのアプローチが基礎学力の低下を招いているのではないかと政治家や専門家は問題視。それを受けて従来の学習方法を取り戻すという方針となった。
2022年10月に発足した中道右派連立政権で教育大臣に就任したロッタ・エドホルム氏は、テクノロジーを全面的に受け入れる方針に厳しい批判の声を上げており、3月には「スウェーデンの生徒にはもっと多くの教科書が必要であり、学習には形ある教科書が重要なのだ」と訴えていた。
同氏は8月、デジタルデバイスを幼児教育に導入することを義務付けた教育庁の決定を撤回するとの政府による申し入れを公表した。さらにAP通信に対し、この政策に加え、6歳以下の子供を対象とするデジタル学習を完全に撤廃する意向を伝えた。
スウェーデンの生徒による読解力は欧州のなかで平均を上回っているものの、小学4年生を対象とした国際的な読解力を調査するPIRLS(国際読書力調査)の結果から、スウェーデンの子供たちの能力が2016年から2021年にかけて低下していることが浮き彫りになった。2021年のスウェーデンの4年生の平均スコアは544ポイントであり、2016年の555ポイントよりも低下している。それでもなお、総合得点において同国は台湾と並んで7位を占める。
同時期におけるPIRLSの読解力スコアを比較すると、ランキングトップのシンガポールでは576ポイントから587ポイントへ向上し、イングランドの平均スコアは559ポイントから558ポイントへわずかながら低下した。
新型コロナウイルス感染症拡大や、母国語のスウェーデン語を話さない移民の生徒数の増加など、何らかの原因が学習に影響した可能性はある。それでもやはり、生徒が授業中に画面からの情報を多用することで、主要教科に遅れが生じることもあると教育専門家は指摘する。
教育におけるデジタル化戦略について8月に発表された政策のなかで、スウェーデンのカロリンスカ研究所は「デジタルツールを使うことで、生徒の学習能力が高まるどころかむしろ低下することを示す科学的な証拠がある」との見解を示した。
研究を中心とする医科大学として名高い同研究所は「正確性が精査されていないような自由に利用できるデジタルリソースを主な情報源とするよりも、紙の教科書や教師の専門的知識を通して見聞を広めることに再び重点を置くべきだ」と意見を述べている。
国連の教育文化機関もまた、デジタル学習ツールの導入が急速に進んできた状況に懸念を示す。
ユネスコ(国連教育科学文化機関)は8月に発表した報告書のなかで、「教育におけるテクノロジーの適切な使用を緊急に要請する」と声明を出した。各国に対し、学校でのインターネット接続環境を早急に整備するよう強く要請する一方で、教育現場へのテクノロジーの導入は、人間同士の交流や教師による指導に代わるものであってはならず、すべての人に平等な教育を提供するという共通の目的を支持するものであるべきだと警告する。
スウェーデンの首都ストックホルムに住むリブオン・パーマーさん(9歳)はジュルガード小学校の3年生である。学校での時間をオフラインで過ごすことについて、「学校では、紙に文字を書くことが特に好きです。紙に書くほうが気分が良いです」と答えている。
パーマーさんの教師であるカタリナ・ブラネリウス氏は、国レベルのモニタリングが開始される前から、授業中にタブレット使用の指示を出すかどうかについては状況に応じて判断を行ってきた。
同氏は「算数にはタブレットを使用し、いくつかのアプリを開いています。けれども、文字を書く授業ではタブレットは使いません。10歳以下の生徒はタブレットを使って文字を書くことを学習する前に、まず、手で書くための練習と実践を行うための時間が必要です」と述べる。
欧州全域を含め西欧諸国では、オンライン教育をめぐって熱い議論が交わされている。たとえばポーランドでは、テクノロジー関連で競争力のある国を目指し、4年生になった全生徒を対象に、政府がノート型パソコンを提供するプログラムが開始されたばかりだ。
アメリカでは新型コロナウイルス感染症拡大を機に、公立学校に通う小中高生へのノート型パソコンの普及が進んだ。連邦政府によるコロナ救済基金を資金に、学校は数百万台ものノート型パソコンを購入した。それでもデジタル格差はなお残る。アメリカの学校が紙とデジタル双方の教科書を使用している理由の一つがここにあると、教育出版社マグロウヒルで国内の学校を担当する事業部の代表を務めるショーン・ライアン氏は指摘する。
同氏は「自宅にインターネット環境のない地域では、教育者はデジタルへの移行になかなか踏み出せません。最も弱い立場に置かれている生徒のことを考え、確実にほかの生徒と同様の教育を受けられることを最優先としています」と述べている。
欧州のなかでも特に裕福な国であるドイツは、政府プログラムや、教育などのあらゆる情報をオンライン化する動きが遅いことでよく知られている。学校におけるデジタル化の進捗状況は16ある州によって異なり、各州が独自のカリキュラムに沿って対応している。
生徒の多くは、プログラミングなどのデジタル教育を受けなくても学校を卒業することができる。他国で技術的により進んだ教育を受けた若者に比べ、労働市場における競争力が身につかないのではないかと憂慮する親もいる。
インターネットの重要性に着目するドイツの作家でありコンサルタントのサッシャ・ロボ氏は、ドイツの生徒に必要な情報を提供するには、国としての努力が求められているという。それがなければ、将来的に後れを取ることが危ぶまれると警鐘を鳴らす。
ロボ氏は2022年、公共放送局ZDFのインタビューのなかで「教育をデジタル化すること、そしてデジタル化が果たす機能について学ばなければ、20年後にはもはや裕福な国ではいられないでしょう」と述べている。
小学4年生の読解力低下への対策として、スウェーデン政府は2023年、学校向けの書籍購入費用として6億8500万クローネ(約6470万ドル)相当の予算を公表した。さらに、早急に学校に教科書を再配布するための予算として、年間5億クローネが2024年から2025年にかけて投じられる予定である。
すべての専門家が、初心に戻ることを推進するスウェーデンの政策が生徒にとって最善の方法であると確信しているわけではない。オーストラリアのメルボルンにあるモナシュ大学教育学部に所属するニール・セルウィン教授は「テクノロジーの影響を批判することは保守的な政治家がやりがちな行動であり、従来の価値観へのコミットメントを表明したり示唆したりする上での巧妙なやり方である」と言い表す。
同氏は「テクノロジーによって学習が向上したという証拠はないというスウェーデン政府の言い分は確かに一理あるでしょう。しかしそれは単に、テクノロジーがうまく機能するものは何であるかという明確な裏付けがないためでしょう。教育を支える実に入り組んだ枠組みのなかで、テクノロジーはその一端を担っているに過ぎないのです」と述べている。
By CHARLENE PELE Associated Press
Translated by Mana Ishizuki