ウクライナ・マリウポリの絶望と不屈の光景

Evgeniy Maloletka / AP Photo

 ひどい傷を負った幼児を抱いた男性が病院に駆け込む。そのすぐ後を母親が追う。医師はスマートフォンのライトで傷の様子を診る。

 出産を終えた母親らは、地下に設けられた仮設の防空壕に乳児を寝かせている。

 学校近くにあるサッカー場での砲撃で10代の息子を亡くした父親が悲しみに打ちひしがれる。

 ウクライナ南部にあるマリウポリのアゾフ海沿岸では、こうした光景があちこちで見られた。ロシアによる侵攻を記録しているAP通信のジャーナリストがとらえた。

 夜間の気温が氷点下まで下がるなか、砲撃で街からは明かりが消え、電話がほとんど使えなくなったほか、食料と飲料水が不足するとみられている。電話がつながらないため、負傷者をどこに運べばいいのか医療関係者も見当がつかない。

 マリウポリとその北にあるヴォルノヴァーハから住民を避難させるとロシアが表明した一時的な停戦交渉は、5日早々に決裂した。ウクライナ当局は、約束された安全な人道回廊を砲撃で遮断したロシアを非難している。

 ウクライナの海へのアクセスを遮る動きについていえば、ロシアは南部でかなりの侵攻を続けてきた。マリウポリを制圧すると、2014年に併合したクリミアに陸上からアクセスするルートを確保できる。

◆母親の苦しみ
 ところどころに血のついた薄いブルーの毛布に包まれた重傷の幼児を抱え、一人の男性が病院に駆けこんで来た。彼の恋人で幼児の母親がこれに続く。

 病院関係者が集まり、1歳半になったキリルの命を救おうとするが、手の施しようがなかった。

 両親のマリーナとフェドルが肩を寄せ合い泣いていたところで、やつれた表情をしたスタッフは床に座り込み、次の緊急事態に備えて身体を休めていた。

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 マリウポリでは、こうした光景が何度も繰り返されている。その数日前には、傷を負った6歳の女の子が救急車から降ろされるとき、母親は一人でなすすべもなく立ち尽くしていた。

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 何回か蘇生を試みたもののうまくいかず、やがて懸命な救助活動も終わりを告げ、母親は悲しみに包まれた。院内に入ることを許されたAP通信のビデオジャーナリストが構えるカメラを見つめる医師には言いたいことがあった。

 医師は「この状況をプーチンに見せてやれ」と吐き捨てた。

◆電気のない病院
 雪で覆われたマリウポリの住宅地では砲撃によって発生した煙が立ち込めている。爆音が響く市内の病院では、避難してきた女性たちが床に身をかがめている。両手を上げて祈りを捧げる人もいた。

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 病院では電気もガスも使えないため、医師はスマートフォンのライトを使って患者の傷口を診ている。

 医師のエフゲニー・ドゥブロフ氏は「1週間以上休みなしだ。もっと働いている人もいる、みな、それぞれの持ち場で仕事をしている」と言う。

 ウクライナ兵は傷の痛みに耐えつつ、仲間を失ったことにショックを受けていた。

 兵士のスヴャトスラフ・ボロディン氏は「一体何が起きたのだろう。爆発が起きると目の前が暗くなり、視界がぼやけた。這いつくばりながら……足があるのかどうかもわからなかった。後ろをみたら自分の足が見えた」と話す。

◆死のサッカー場
 次の救急要請を駐車場で待っていた医療関係者たちは、砲撃による閃光を目にした。

 近くの病院では、命を落とした16歳の息子の頭に一人の父親が顔を埋めていた。血まみれのシーツに覆われたこの少年は、遊んでいたサッカー場での砲撃による傷がもとで息を引き取った。

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 病院スタッフが担架に付着した血を拭き取っている。血まみれの包帯で顔を覆われた男性を治療するスタッフもいる。医療関係者はヘルメットをかぶり出動の準備をしている。

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 アパートの一室で負傷したところを発見され、救急車で治療を受けていた女性は、ショックのあまり手が激しく震えていた。痛みのため大声で叫ぶこの女性も病院に運び込まれた。

 地平線が暗くなりつつあるなか、空の端でオレンジ色の光が閃き、大きな爆音が響いていた。

◆遊ぶ子供たち
 カメラを見て本能的に反応したのか、横になっていた幼児が腕をあげてこちらに手を振っている。その下には、目に涙を浮かべる母親がいる。

 体育館を改造した避難所では、多くの人が床に寝そべり、外で繰り広げられている戦闘が終わるのを待っている。

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 小さな子供がいる家庭も多い。ここに限らない話だが、毛布で覆われた床の上を嬉々として走り回る子もいる。

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 この地でボランティアをしているエルヴァンド・トヴマシアン氏は幼い息子の横で「ロケット弾が命中しないように……だから皆をここに集めた」と話す。

 地元の人たちが物資を届けてくれるそうだ。だが、ロシアの包囲網が狭まるにつれて、避難所の飲料水、食料、発電用のガソリンが不足するようになっている。

 ここにいる多くの人たちは、2014年にロシアの支援を受けた分離主義者が一時的に街を占領したあの砲撃のことを覚えている。

 当時ドネツクを逃れたアンナ・デリナ氏は「あのときと同じだ。でも、いまは子供がいる」と言う。

◆戦車の隊列
 マリウポリ郊外にあるヴォルノヴァーハの平原で、列をなした緑色の戦車が4台、45度の角度に大砲を構えていた。うち2台が砲撃すると戦車はわずかに後ずさりし、白煙が上空に舞い上がった。

 戦車には「Z」という白い文字が描かれている。この印は、素早く自軍を識別し、戦闘中に敵味方を区別するための戦術とされる。

 Z文字の入った戦車はロシアが制圧した地域に展開しており、ロシア軍が使用しているとみられている。

◆死のさなかに生まれる喜び
 ぐずっては大泣きする新生児に看護師が服を着せる。喜びに満ちた声だ。

 マリウポリの病院で子供が生まれると、砲撃時の避難所として階下に設けられた仮設の保育所に案内される。

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 母親になったカテリーナ・スハロコヴァ氏は薄暗い避難所で、息子のマカーを抱きながら自分の感情を抑えようと懸命だった。30歳になる彼女は「このようなときに出産するのは不安でたまらなかった。この状況での出産を手助けしてくれた医療スタッフに感謝している。すべてうまくいくと信じている」と声を震わせながら話す。

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 上の階では、砲撃で負傷した人を救おうとスタッフが力を尽くしていた。口から血を流しながら苦痛のため泣きわめく女性もいれば、車で運ばれてきたものの青白い顔をした若者もいる。遺体が薄いブルーのシートで覆われる。

 麻酔科長を務めるオレクサンドル・バラシュ氏は「かける言葉が見つからない。まだ小さな子供なのに……」と話す。

By MSTYSLAV CHERNOV and EVGENIY MALOLETKA Associated Press
Translated by Conyac

Text by AP