異国で「見えにくいDV」被害の日本人妻……別居後も子とともに続く苦しみ

otnaydur / Shutterstock.com

◆第三者には「いい親に見える」モラハラ夫
 カレンさんいわく、夫は他者には常にいい親の顔を見せている。第三者には、成功者であり非常に雄弁な夫が家庭内暴力をするはずはないと思えてしまうことが、問題を深刻化させることにもなっているのだろう。

 カレンさんが家庭内暴力に精通するカウンセラーと話したり、家庭内暴力の被害者たちと交流したり、文献を読んでわかったことは、以下のようなことだ。
●カレンさんの在住国では、児童保護局が被害者に不利になる発言をすることが往々にしてある
●被害者が外国人の場合、加害者である自国人を優遇する傾向にある
●専門機関のスタッフたちは、たとえ加害者であっても高学歴者や社会的成功者を優遇する傾向にある

 筆者は、ヨーロッパのある人権保護団体に、カレンさんのように助けが得られない女性はどうすればいいのか問い合わせてみた。「DV被害者の地域レベルの支援機関の対応は、残念ながら差があります。期待される保護が受けられないこともあると思います。もう一度、それらの機関に相談してみるしかないでしょう」と回答を得た。

◆日本大使館でさえ救えない
 カレンさんは、陰湿な弱い者いじめにあっているようにしか見えないが、もう一つ道理に合わないことが起きている。

 子供がいて国際別居や国際離婚になると、子供の連れ去り(一方の親が、もう一方の親の同意を得ずに国境を越えて子供を連れ去ること)が問題になることがある。日本人妻だと、子供を日本に連れ去って夫に面会させないということが実際に起きている。日本だと、親による子の連れ去りは略取または誘拐の罪にあたるような場合以外は犯罪にはならないが、国によっては、親による子の連れ去りを刑罰の対象としている

 カレンさんの夫はこの点を利用し、4年前に別居を始めた時点で「妻はユウを誘拐する恐れがある」と家庭裁判所で主張し、カレンさんは「ユウちゃんと在住国から出国することは一切禁止」と言い渡されてしまった。ユウちゃんの身分証(パスポートも)が差し押さえられ、カレンさんはユウちゃんを連れて近隣の国に旅行することはおろか、日本に一時帰国することもできないままだ。夫はカレンさんに誘拐の意図があると見せかけようと、警察に捜索願いを出したり児童保護局に嘘の通報をしたり、家庭裁判所でも引き続き誘拐の可能性をほのめかし、裁判所は夫の主張を尊重している。

 カレンさんは、ユウちゃんの教育や自分の就職を考えても在住国にとどまり、ユウちゃんを国外に連れ去る気持ちは毛頭ない。カレンさんは、「日本はハーグ条約の締結国(2014年4月から発効)であり、たとえ子供を日本へ連れ去っても本条約に基づいて子供を元の居住国に返還する義務があるため、自分がユウちゃんを誘拐できるわけがない」ということと、「犯罪未遂歴のないDV被害者である母親から、日本国籍をもつ子供との移動の権利を剥奪しており、これはイスタンブール条約に反している」ということを家庭裁判所に訴えているが、依然として無視されている。

 一抹の望みをかけ、カレンさんは在住国の日本大使館・総領事館にも相談した。しかし、在住国の管轄権に従うことが原則であるため、カレンさんのようなケースでは日本の在外公館は日本人母子の保護には手も足も出せないとわかった。カレンさんは、母親としての基本的な権利の数々を奪われていることに、まったくやり切れない思いを抱えている。

Text by 岩澤 里美