米国で広がる「キャンセル・カルチャー」と、その危険性
キャンセル・カルチャーという言葉が、米国メディアを賑わせている。キャンセル・カルチャーは、とくに有名人・著名人などの「失言・失態」に対して、支持を取りやめる、ボイコットする、職務から追放するといったような社会的制裁をもたらす世論の動きを意味する。SNSによって個人の言動がより簡単に記録され、拡散されるという環境下、キャンセル・カルチャーはより大きく広がっているようだ。失言・失態は正当化されるものではないが、キャンセル・カルチャーは、重要な対話を阻害するといった悪影響も指摘されている。
◆米国で広がるキャンセル・カルチャーとは
キャンセル・カルチャーという言葉は比較的新しい。メリアム・ウェブスターは、この熟語が使われ始めたのは2017年だとしている。同辞書はキャンセル・カルチャーを、「反対の意思表示や社会的圧力をかける方法として、否定・ボイコットなど(mass canceling)を行う行為や、それらの行為を求めるような風潮」と定義している。批判とキャンセルの対象となるのは、セレブリティや著名なジャーナリストなど、メディアに多く露出している有名人・著名人であることが多い。ビジネスマン、政治家、教授などといった権威あるポジションにある人物もその対象になる。キャンセル・カルチャーは、問題発言や失態がささいなことであっても、何年も何十年も昔の出来事であったとしても、メディアで大きく批判されれば、キャンセルの対象になるというのが特徴的である。キャンセルの目的は、注目を奪い、その人物の文化的な地位を失わせることだ。
キャンセルの対象となりうる問題の言動は、人種、ジェンダー、セクシャリティーなどといったさまざまな意見が分かれがちなトピックに関するものだ。キャンセル・カルチャーという言葉が盛んに使われるようになったのは、#MeTooムーブメントなどSNSを通じて大きく拡散した社会運動が盛り上がり始めた時期だ。#MeTooムーブメントは、2017年10月以降、ハリウッドの元大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン(Harvey Weinstein)が犯した性犯罪に対する集団告発をきっかけに巻き起こった、性犯罪やセクシャル・ハラスメントの被害に関する一連の告発・告白のムーブメントである。ワインスタインは2018年に逮捕され、2020年に有罪が確定後、23年の禁固刑が下された。#MeTooムーブメントは、権力に対して、必ずしも社会的権力を持たない女性たちが集団で声をあげて告発、逮捕、実刑判決にまで至らしめた、ムーブメントの「成功事例」だといえる。
#MeTooムーブメント以前の2015年ごろから、ブラック・ツイッター(Black Twitter)上ではキャンセル・カルチャーが広がり始めていた。ブラック・ツイッターとは、黒人のツイッター・ユーザーのインフォーマルなネットワークで、ハッシュタグなどを活用してツイッター上で課題意識を共有したり、課題を告発したり、黒人同士の団結・連携を強めたり、「黒人の課題」を広く拡散させたりする役割を持っている。Voxの記事によると、あるリアリティ・ショーをきっかけに、ブラック・ツイッターのユーザーたちがある人物の言動に対して批判・不支持を表明するにあたって、「キャンセル」という言葉が使われ始めた。始めは身近な人物に対しての意見表明だったのが発展し、セレブリティなどの著名人の差別的な言動に対する告発やボイコットへと変化していったようだ。キャンセル・カルチャー自体は新しいキーワードだが、黒人たちによるこうした告発のルーツは、50−60年代の公民権運動のボイコットにまで遡る。キャンセル・カルチャーを公民権運動からの発展と考える人々にとって、キャンセル・カルチャーは、現在にも続く不平等や不公正を指摘し、是正や変革を訴えるための重要な手段となっている。
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