アジア系差別の深刻化と、「ヘイトクライム」に向き合う難しさ

アジア系への差別に抗議する人々(ロサンゼルス市、3月27日)|Damian Dovarganes / AP Photo

 3月16日、米ジョージア州アトランタで、6人のアジア人女性を含む8名が射殺される事件が起こった。犯人は21歳の白人男性。この事件はアジア系女性に対するヘイトクライムであるという声があがる一方で、警察側は現時点ではヘイトクライムとの断定は難しいとしている。にわかに議論が活発化するアジア系への差別問題と、ヘイトクライムの定義の難しさとは。

◆射殺事件とアジア系への差別
 アトランタ周辺の3件のアジア系マッサージ店が銃撃された事件。被害者の8名のうち6名がアジア系女性だったことから、とくにアジア系アメリカ人のあいだではこの事件はすぐにヘイトクライムであると認識された。しかし警察側は、セックス依存症であるという犯人の供述を受け、事件の動機は人種差別ではない、つまりヘイトクライムではないとの見方を強めている。犯人が客として通っていた可能性が高いとされる事件現場のマッサージ店は、英語ではスパやマッサージ・パーラーなどと表現されている。風俗店のようなサービスがあったような場所かどうかは明らかにされていないが、ジョージア州にはそうした違法サービスを展開しているような店が少なくとも165件確認されている。一方、アトランタの女性市長ケイシャ・ランス・ボトムズ(Keisha Lance Bottoms)は、アトランタ警察の管轄における事件現場の2件は、合法に存在していたビジネスであったとし、被害者に非があったかというような議論を退ける必要性を強調した(ニューヨーク・タイムズ)。

 ニューヨーク・タイムズのニコール・ホン(Nicole Hong)は、自らが警察担当記者かつアジア系女性ということで、複雑な状況になってしまったと悟ったという。彼女は、先月からニューヨーク市におけるアジア人に対するヘイトクライムについて取材し、ヘイトクライムの定義やその難しさについて問い続けてきた。同月、市内の中華街で中国人男性が帰宅途中に、刃物で背中を刺されるという事件がおきている。犯人は、イエメン人の若い男性で、自分に対する視線が気に食わなかったという犯行動機を警察に供述した。しかし、この供述にかかわらず、警察は犯人が被害者を後ろから襲ったため、被害者の顔を見ていないと判断した。ニューヨーク市におけるアジア人に対するヘイトクライムは、2019年の3件から2020年の28件と大幅に増加したとホンはいう。この数は、ヘイトクライムと認定されるものであり、実際の差別や事件はもっと数多く存在する可能性が高い。

 米国におけるアジア系差別は長らく存続してきたものだが、アジア系は「模範的移民(model minority)」として「評価」されることも少なくない。コロナ・ウィルスが中国で最初に確認されたこと受け、トランプ前大統領が「チャイナ・ウィルス」などと差別的な表現を繰り返すなどしたことは、ここ1年間におけるアジア系を標的としたヘイトクライムや差別の増加につながっていると指摘されている。同時に、ブラック・ライブズ・マター運動は、ピープル・オブ・カラー(people of colors)が団結して反人種差別を訴える動きを促しているという文脈もある。アジア・太平洋諸島系アメリカ人(Asian Americans and Pacific Islanders:AAPI)に対する差別問題に取り組む団体Stop APPI Hateのデータによると、団体がデータ収集を始めた昨年3月19日から今年2月末までの期間で、全50州とワシントンDCから3795件の事件が被害者により通報された。その内訳の7割は差別表現・罵倒(verbal harassment)、2割がアジア系アメリカ人をあきらかに避けたり、無視したりする行為(shunning)、1割が暴力行為(physical assault)である。

Text by MAKI NAKATA