コロナ対策優先で、火急の大気改善がストップ インドに二重苦

AP Photo / Manish Swarup

 インドでは公衆衛生に関して、きわめて深刻な大気汚染と新型コロナウイルスの感染拡大という2つの重大な危機が同時に発生している。首都ニューデリーでバスの運転手をしているスリンダー・シン氏は、この2つの問題の間で板挟みになっている。

 インド政府はこれまで急場の大気保全対策として、シン氏が運転しているバスのような、環境に優しい燃料を使用したバスの利用増進を呼びかけてきた。しかし今年に入ってからは、ソーシャルディスタンスを保てるよう乗客数に制限がかけられている。シン氏は汚れた空気で目が痛むのに耐えながら、乗客を迎えるたびウイルスへの感染にも怯えている。

 2児の父で47歳のシン氏は、1日あたり9ドルの稼ぎを得ていたが、インドで厳しいロックダウンが実施されたことにより、収入ゼロの期間が2ヶ月続いた。その影響は大きく、働きに出るほかないと言う。マスクをつけ、手指用の消毒液を用意し、バスに乗り込む。コロナに感染した人々が続々と訪れる個人病院の近くから、渋滞した通りを抜けて、街で最も大きく人出も最も多い駅へと向かう。

 シン氏は「常に恐怖を感じながらバスを運転しています」と話す。

 歴史的な不況に見舞われたインドでは、シン氏のほかにも大勢の国民が生活に苦しんでいる。同国の経済は4~6月の四半期で23.9%縮小しており、少なくとも24年間で最悪の結果となった。次の四半期にも7.5%の縮小を記録している。

 一方、新型コロナウイルスは拡大を続けており、感染者数は970万人を超え、14万人超が死亡した。資金不足が問題となっているインドの病院では、コロナ対応で医療体制がひっ迫するなか、大気汚染による呼吸器疾患を訴える患者も押し寄せる。

 感染拡大を受け、公共交通機関の利用増進といった目下の環境対策を進めることが難しくなった。汚染の原因となる化石燃料を使った発電からの転換など、長期的な目標は後回しにされている。インド政府は石炭の生産量を増やして輸入量を減らす方針で、同国の経済復興計画は依然として炭素排出量の多いエネルギー源に頼る部分が大きい。

 支援団体「エネルギー・クリーンエアー研究センター」のアナリストであるスニール・ダーヒヤ氏は、「今回のパンデミックで、私たちの大気汚染の抑制に向けた方針が決まるでしょう」と話す。

 インドの環境大臣にもコメントを求めたが、回答を得られなかった。

 インドの首都ニューデリーでは、新型コロナウイルスの新規感染者数が急増するなか、毎年大気汚染が深刻化する時期である冬が到来し、二重の脅威がとくに猛威をふるっている。ニューデリーは、大気汚染による死者数が年間167万人にのぼるインドのなかでも、汚染が最も深刻な都市だ。同都市で個人病院を経営する呼吸器科医、アクシャイ・ブドラジャ氏によると、呼吸器疾患のある患者が、コロナ感染の疑いがあるとして病院に殺到している。同氏は「患者さんはとても不安がっています」と言う。

 ニューデリーの大気汚染は、秋から冬にかけて悪化する。その時期になると周辺の州で農業ゴミの焼却が行われるが、冷えた空気がその煙を閉じ込めてしまうためだ。政府発表のデータによると、衛星による観測の結果、パンジャーブ州で2016年以降最多となる7万6000件超の焼却作業が確認され、ニューデリーの10月の大気の状態は、前年までを下回るレベルに悪化したことがわかっている。

 人口2900万人、車の所有台数は1000万台にのぼるニューデリーには、スモッグが立ち込めているが、新型コロナウイルスが広がる以前に比べると、当局がとれる対策は限られている。昨年は、都市内における自家用車の使用を一部制限し、公共交通機関を拡充した。しかし今年は、バスでの立ち乗りが禁止され、地下鉄の一般車両でも、最大300人まで詰め込んでいた乗客数が約50人に制限された。支援団体「科学・環境センター」のアヌミタ・ロイチョウドゥーリ所長によると、公共交通機関は全体的に定員の3分の1程度で運行している。

 また、新型コロナ感染拡大の影響により、インドの電力の65%を担う石炭火力発電所における排ガス浄化に向けた取り組みも停滞している。インド政府は以前、発電所に対し、2022年までに二酸化硫黄の排出をなくすよう要請した。しかし、「電力生産者協会」のアショーカ・クマール・クラーナ会長によると、資金繰りが難しいとして進捗に遅れが見えはじめ、さらにパンデミックによりサプライチェーンが途絶えたことから必要な装置を輸入することができなくなったという。

 インド電力省が環境省に期限の延長を求めている一方、国は石炭の生産を推進する対策に乗り出した。ナレンドラ・モディ首相は6月、民間炭鉱業者を相手に新たに40件の石炭のリース契約を募った。モディ首相はこのような石炭業界の民営化について、「何十年にもわたり封鎖されていた石炭業界を解放」するものだとしている。

 昨年、インド政府は国営の「コール・インディア」に対し、2024年までに年間生産量を現在の6億6100万トンから10億トン超まで増やすよう要請した。また、これまでは発電所が使用する石炭の種類を変更する場合には、環境省の審査を受けるよう定めていたが、石炭の国産化をスムーズに進めるため、この規制を撤廃した。

 インドに埋蔵されている石炭には、燃焼効率が悪く、排ガス増加と環境汚染悪化の原因となる灰分が多く含まれていると、ロイチョウドゥーリ氏は指摘する。インドは、中国とアメリカに次ぐ世界第3位の二酸化炭素排出国である。

 ニューデリーのシンクタンク「エネルギー・環境・水評議会」で電力政策を専門とするカニカ・チャウラ氏によると、これらは「すでに瀕死の状態にある業界」を守ろうとする取り組みだ。新型コロナウイルスが広がる以前は、インドの発電所の電力生産能力は需要を上回るペースで成長していたため、能力に余裕をもって稼働していた。

 チャウラ氏によると、需要はさらに減り、政府にとっては化石燃料をやめ、より環境に優しいエネルギーへの「公正な」移行を進めるいい機会だったはずだ。同氏は「まさに、私たちにとっての岐路だったのです」と言う。

By ANIRUDDHA GHOSAL AP Science Writer
Translated by t.sato via Conyac

Text by AP