香港メディア王インタビュー「香港で責任を果たす」

AP Photo / Vincent Yu

 香港メディア界の重鎮、ジミー・ライ(黎智英)氏は、12歳で初めて香港の地を踏んだ。当時のライ氏には、希望と自由にあふれるこの街が、まるで天国のように感じられた。貧乏生活からスタートしたが、その後何年もかけて、縫製工場の一労働者から裕福な実業家へと成功の道を歩んだ。同氏は、多くの読者を集める大衆紙アップル・デイリー(蘋果日報)の創立者として、また同時に舌鋒鋭い民主活動家としても知られている。

「香港で私が抱いた希望は、その後も長く消えませんでした。それこそが、いまの私を作り上げたのです」と、ライ氏は7月1日、AP通信のインタビューのなかでそのように語っている。中国政府が新たに制定した、いわゆる「香港国家安全維持法」が施行されてから数時間後のことだ。

「初めて香港の地を踏んだとき、私は希望をはっきりと実感できました。ここで大きな未来が私を待っていると、私には思えたのです」

 しかしその希望はここ数年で大きな陰りを見せ、今回の国家安全維持法の施行によって、自分の知っている自由な香港は死んだ、とライ氏は言う。

「現在の事態は、想像していた最悪のシナリオよりもさらに悪いです。香港は完全に抑え込まれ、統制を受けています。悲しむべきことに、香港は死にました」

 今回の新法は、一定の自治権を持つ香港と中国本土とを隔てる法的な防護壁を取り去り、共産党が支配する本土の独裁的システムの下に組み込もうとする、過去に例を見ない強硬な政策であると多くの人々は受け止めている。

 この法の下では、破壊活動、分離主義活動、テロ活動に参加した疑いのある者、および香港の内政に干渉する外国勢力と共謀した疑いのある者は、誰でも最高で終身刑を言い渡される可能性がある。また場合によっては、容疑者は中国本土の裁判所に移送されて裁判にかけられる。

 ライ氏は民主主義のために今後も戦い続けるものの、これから先は「過去とは大きく異なる方法」で戦っていく必要に迫られると話す。

「どれだけの者が、今後も民主運動に関わり続けられるのか。それは今後を見ないとわかりません」と同氏は述べ、今回の新法による処罰を恐れて、多くの人々が運動を離れるとの見方を示した。

「私たちは立ち上がって団結し、香港の正義のために行動しなければなりません」

 民主運動の今後の方針について問われると、ライ氏はその詳細には触れず、今後の進め方については議論が必要だと述べるにとどめた。同氏は、いつの日か再び香港に民主主義を取り戻す希望を捨ててはいない。

「そういう極端な独裁体制は、今日の世界では維持できません。そんなことは無理なのです。ですから、私達は訴え続けなければなりません。世界の世論は、私たちの味方です。歴史の勝者となるのは、私たちです」

 ライ氏はまた、香港社会はいまでもイギリスのコモン・ローを基礎に成り立っており、国家安全維持法は、香港の法治体制を踏みにじるものだと批判する。

「香港国家安全維持法は(中略)きわめて厳格なわりに、具体的な中身は非常に曖昧です。中国政府は、この新法は社会に混乱をもたらすごく少数の者たちに限って適用されるものであり、香港のコモン・ローは、民間ビジネスをはじめとする多くの領域で今後も有効だと言っています。しかしこの先、その方針がいつまた変わるかはわかりません」

 ライ氏は、香港は国際金融ハブとしての地位を失っていくと予想する。法治の枠組みが曖昧で、そこでの企業活動の安全が確約されない状況では、世界の人々の信頼を勝ち取ることは不可能だからだ。

「香港市民は今後、中国当局への告発をおそれ、電話やソーシャルメディアでの情報発言に非常に慎重になるだろう。また、他人に対してオープンに話しをすることも難しくなる」と同氏は言う。

「過去とはまったく違った社会になるでしょう。自由と法治に慣れ親しんだ香港市民が、その新社会にうまく順応できるとは思えません。結果として、多くの市民が香港を離れるでしょう」

 しかしライ氏自身は、もし仮に自分の家族がやむなく香港を離れる日か来たとしても、自分自身は香港にとどまると強調した。

「私には、ここを去ることができません。もしここを出てしまえば、自分の名誉に泥をぬるばかりか、アップル・デイリー紙も世間から信頼されなくなります。民主運動に関わる人々の連帯も損ねるでしょう。私には、ここで果たすべき責任があります」

 1989年6月4日、北京の天安門広場周辺に集った民主化運動の学生らを、中国政府が武力で叩き潰し、流血の惨事となった。ライ氏はこの事件の後、香港の民主運動を主導する立場に身を投じた。

「私がメディア界に参入したのは、私自身が自由に情報発信できる社会を作ることが、人々に自由を届けることにつながると考えたからです」

 イギリスから中国への香港返還を2年後に控えた1995年、ライ氏は大衆紙「アップル・デイリー」を創刊した。

 アップル・デイリー紙は、ライ氏と同様、民主主義運動を強く支持する立場を取っており、たびたび紙面で読者に抗議行動への参加を呼びかけている。7月1日の紙面では、第一面で今回の新法を強く非難し、「この悪法は、香港返還時の条件である『一国二制度』の枠組みを完全に破壊するものだ」との主張を展開した。

 現在ライ氏は、ほかの14人の民主活動家とともに、中国当局が違法と見なした昨年の大規模反政府抗議行動を数度にわたって組織し、自らもそれに参加した容疑で告発を受けている。しかしライ氏は、当局による逮捕収監を恐れてはおらず、また香港国家安全維持法の今後の運用がいかなるものであれ、自分は決してひるまないと語る。

「もし刑務所送りになるとしても、そんなことは何でもありません」と同氏は話す。

「心配しても仕方がありません。心配してみたところで、中国当局が私に対してどういった措置を取るのか、誰にもわからないからです。ですから私は余計な心配はせずに、ただ心を落ち着けて、自分がなすべきことをなすだけです」

By ZEN SOO Associated Press
Translated by Conyac

Text by AP