減圧症の恐怖、命を賭してロブスターをとるホンジュラスのダイバーたち

AP Photo / Rodrigo Abd

 ソール・ロナルド・アチリアーノ氏はそのとき、ホンジュラスに面したカリブ海沖でロブスター漁に励んでいた。透き通る海に潜っていた彼は突如、圧迫感と体の痛みに襲われた。「これがミスキート族の仲間たちの命や体の自由を奪ってきた病か」と、彼は悟った。

「海の底で、私は圧迫感に襲われました」と話す45歳のアチリアーノ氏は、ミスキート族の漁師だ。彼は25年間にわたって、ロブスター漁に携わってきた。ここで獲れたロブスターは、その多くがアメリカに輸出されている。

 ホンジュラスとニカラグアにまたがるモスキータ地域では、何千人もの男たちがロブスター漁で生計を立てる。そしてアチリアーノ氏同様、何百人もの漁師が減圧症に襲われている。減圧症とは、水中深くから急激に水面に上昇することにより、体内に窒素の気泡が発生するものだ。気泡が血液中に発生すると血栓ができ、麻痺を引き起こすほか、最悪の場合死に至ることもある。

                                                                                                                 

 ホンジュラスの人口は900万人ほどだが、そのうち60%が貧困生活を送っており、ラテンアメリカでも最貧国の1つに数えられる。モスキータ地域もまた、最も貧しい地域の1つだ。

 カリブ海沿岸に沿ってエキゾチックな熱帯植物が茂るこの地域には、小さな漁村が点在し、先住民族が羽目板張りの家で暮らしている。村の子供たちのおもちゃは、手作りのトラックだ。ジュースの空き容器で作った車体を、ペットボトルのふたを利用した車輪で転がす様子から、貧しさと同時に子供たちの純真さが伝わってくる。大人たちの多くは、貧困と闘うため、潜水漁師になる以外に選択肢がない。それがどんなに危険な仕事であっても、だ。

 モスキータ地域では、ダイビングが日々の生活に浸透している。カウキラの漁村では、教会が信者に集合の合図を送る際、通常のベルの代わりに潜水漕のハンマーを打ち鳴らす。

 潜水技術の安全基準では、ダイバーが水面に浮上する場合、いきなり上がってくるのではなく、段階的に上昇するよう指示している。潜水中に体の組織に取り込まれた窒素を排出するため、そして1人あたりの1日の潜水回数を制限するためだ。

 しかしモスキータでは、できるだけ多くのロブスターを捕獲しようと競っているのが実情で、多くのダイバーが深く潜り、すぐに浮上した後、また獲物を求めて海へと戻っていく。彼らは数日間船の上で過ごし、潜水漁の合間には船上でカードゲームやおしゃべりを楽しむが、船には初歩的な安全装備しかないことも多く、タンクやマスクもたいていは年季の入った代物だ。

 どれだけの人が減圧症にかかったのか、詳細ははっきりしないが、このような小さなコミュニティにとって相当な人数であったことみてよい。

 ホンジュラス・ミスキート・ダイバー障害者協会の元会長であるジョージ・ゴメス・サントス氏は2018年12月、少なくとも2,200名ものミスキート族が今も船で働いていると話した。また、1980年からこれまでの間に1,300名以上が障害を負っているという。自身も車いすを使用するゴメス氏自身は、昨年だけでも14名が命を落としたと述べた。

 もう10年以上前のレポートになるが、汎米保健機構はモスキータ地方に約9,000名ものダイバーがおり、そのうち47%にあたる約4,200名が減圧症による障害を負っていると報告している。彼らのほとんどがその症状に苦しんでいたという。

 ダイバーの稼ぎは、ロブスター1ポンド(約450グラム)あたり75レンピラ(約360円)、ナマコ一匹当たり7レンピラ(約33円)ほどだ。ロブスターの捕獲量は1日平均4.5キログラム程度で、南北アメリカ大陸有数の貧困地区にとっては大きな儲けとなる。だからこそ多くの人が危険を冒し、そのために苦しむことになる。アチリアーノ氏もまた、事故に遭った9月まで、25年間何の問題もなく潜り続けてきたのだ。

 10人の子の父である彼は、船上で麻痺に苦しんだ。しかし、ボートが埠頭にたどり着いたのはそれから1日半後のことだ。それから仲間のダイバーが10ブロックほど車を走らせ、その地域最大の都市であるプエルトレンピラ市の病院へと運んだ。ここにはアメリカから寄贈された高圧室の設備がある。

 減圧症の治療には通常、高圧酸素療法が用いられる。しかし、海沿いの地域にはそのような設備が整った施設は少ないため、ダイバーは治療を受けるまで数日間待たされることも多く、それが治癒率低下につながっている。

「これまで事故に遭ったことはありませんでした」とアチリアーノ氏は通訳を介し、ミスキート族の言葉で語った。高圧室で3時間を超える治療を受けた彼の表情は、ぼんやりとして疲れ果てた様子だった。初期治療を受けたものの、回復の兆候はほとんど見られなかった。

 高圧室にはもう1人、28歳のミスキート族男性であるチャールス・チャーリー・メレンデス氏がいた。彼は16歳で潜水漁を始め、2017年11月に事故に遭った当日も、60ポンド(約27キログラム)ものロブスターを捕獲していた。

 彼は、9回にわたる治療を受けたが、いまだに回復していない。潜水漁で生計を立ててきた彼にとって、車いすなしでは動けないというのは、悪夢だ。

「まだ自力で立ち上がることもできません」と彼は言う。「長時間座っていることもできません。1時間もすると、体が痛くなります」

 高圧室を管理する理学療法士のセドラック・ワルダン・メンドーサ氏は、ダイバーは貧しさゆえに潜るしかなく、たとえ傷を負っても、また船に戻っていくと話す。

「町で彼らに会い、なぜまた潜るのかと尋ねたら、子供たちがおなかを空かせているから、と答えます」とワルダン・メンドーサ氏は言う。「子供がおなかを空かせている、と言われたら、それ以上何も尋ねる必要はありません」

 アチリアーノ氏やメレンデス氏は、ロブスター業界の中でも最も不安定な歯車の1つだ。2017年、ホンジュラスがロブスター漁で得た収益は4,000万ドル(約48億円)に達し、そのほとんどがアメリカ市場への売上によるものだ。

 アチリアーノ氏は、また海に戻るつもりだという。望んでいるのではない。他に選択肢がないのだ。

「もし回復したら、必要に迫られ、仕事もないわけですから、私は潜水漁に戻らなければならないでしょう」と彼は話す。

By RODRIGO ABD and MOISES CASTILLO, Associated Press
Translated by isshi via Conyac

Text by AP