日本寄贈のグランドピアノ、10年ぶりに復活 ガザ地区 空爆で危うく破壊

AP Photo / Adel Hana

 ガザ地区にあるたった一台のグランドピアノが10年ぶりに一般公開され、演奏会が開催された。このグランドピアノはイスラエル軍の空爆で危うく破壊されそうになったが、国際的なチームによる複雑な修復作業を経て、再び美しい音色を奏でることになった。

 25日の演奏会にはおよそ300人の音楽ファンが集まり、日本人と地元の音楽家による演奏に静かに聴き入った。多くの人々にとって、ピアノの生演奏を聴くのは初めての体験だった。

「このピアノを演奏することは、歴史を奏でることのように感じた」と日本人のピアニスト、今東薫氏は述べた。今東氏は、「演奏会はとても素晴らしかった。私は、多くの人たちの平和への願いを感じた」と語った。

                                                                                                                 

 このピアノにまつわる逸話は何年も昔に遡る。そして、様々な面でガザ地区の辿った運命を反映している。

 イスラエル政府とパレスチナ人の暫定的和平合意が結ばれた後、日本政府がこのグランドピアノを寄贈したのはおよそ20年も前のことだ。当時、ガザは中東のシンガポールになると目されていた。

 文化省の係官であるファヤズ・セルサウィ氏は、自分がこのピアノを受領した責任者だったと語った。当時、このピアノはガザ地区北部に新しく建設されたアル・ナウラスリゾートの大きな劇場に設置された。セルサウィ氏は、イスラエルの占領に反対して2000年に勃発した2度目のパレスチナ蜂起が始まる前、音楽祭は定期的に開催されていたと述べた。

 2007年、イスラム原理主義・過激派組織のハマスが議会選挙で勝利を収めた後、武力でガザ地区を支配するようになると、アル・ナウラスリゾートは劇場と遊泳プールを閉鎖し、大半の活動を縮小してしまった。ハマスの支配下では、酒場、映画館、演奏会場など多数の公共的な娯楽の場は閉鎖された。

 ハマスの弱体化を狙いとしたイスラエルとエジプト国境間の封鎖はその後も続き、2009年1月に発生した3週間に及ぶイスラエルとの激しい戦闘によって同リゾートは深刻な打撃を受け、完全に閉鎖された。

 こうしてグランドピアノは沈黙し、ハマスとの第3次戦争中にイスラエル軍の空爆がアル・ナウラスのホールを破壊した2014年までピアノを弾く者は途絶えた。ピアノは奇跡的に無傷のままだったが、がたつきが酷く、演奏することができなくなっていた。

 このピアノが発見された後、ガザ地区の開発プログラムを後援する国際協力機構が修復に参加した。

 日本の外務省は、このグランドピアノが1998年にパレスチナ自治政府へ贈呈されたものであることを確認した。国際協力機構の職員たちがピアノの製造番号を控え、製造元のヤマハに照会した。そしてヤマハは、このピアノが1997年から1998年にかけて製造された1台であることを確認した。

 国際協力機構パレスチナ事務所長の三井祐子氏は、「すべてが合致した」と述べた。

 ベルギーの非営利団体であるミュージックファンドは、パレスチナ地域の音楽教育を支援している。このミュージックファンドが2015年にグランドピアノを修復するため、フランス人のピアノ職人を現地に派遣した。また別のベルギー人の修復家が先月、ガザ地区を訪れ、グランドピアノに最終的な調律を施した。そしてごく限られたプライベートな演奏会が試しに開催された。

 25日の夕刻、パレスチナ赤三日月社の劇場の全席300席は、幅広い年代の音楽ファンで満席となった。演奏に聞き惚れ、大満足の観客たちは、奏でられる調べに熱心に耳を傾け、それぞれの演奏が終わるたびに惜しみない大きな拍手を送った。

 ピアニストの今東薫氏が流麗な指遣いでピアノの鍵盤を弾き、美しい旋律を紡ぎ出すとともに、オペラ歌手の平井富司子氏が幻想曲「さくらさくら」など日本の曲を豊かに歌い上げた。

 22歳のヤスミン・エリアンさんは、このピアノ演奏会に初めて参加した。「観客が演奏者に合わせて呼応する様子が気に入りました」とエリアンさんは話し、「私もピアノを習ってみたいと思いました」と述べた。

 ガザ地区には唯一、180人の学生を擁するエドワード・サイード・コンサバトリーという音楽学校がある。同校は資金不足に悩まされており、レスキューサービスの中央救護所で部屋を借りて運営を続けている。

 この音楽学校の学生のグループが日本の演奏家と一緒にパレスチナの国歌を演奏して、割れんばかりの満場の拍手を浴びる一幕もあった。

 指揮をした同校のイシュマエル・ダーウード校長は、グランドピアノは重くて高価なため、ガザ地区に設置するのは難しいが、学校はピアノを「喉から手が出るほど必要としている」と語る。

 2009年、ワシントンを拠点とする支援グループのアネラは、2台のアップライトピアノを購入し、厳しく閉鎖されたイスラエルとの国境を越えてピアノをガザ地区へ運ぶのを支援した。

 そして今、文化省は音楽学校にピアノを寄贈した。ダーウード校長は、「ピアノが本来属する場所、そしてそこにあるべき場所へやって来た。このピアノの復活は、パレスチナの人々の復活を象徴するようだ」と語った。

By FARES AKRAM, Associated Press
Translated by ka28310 via Conyac

Text by AP

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