反ユダヤ犯罪が増えるアメリカ 11人犠牲の銃乱射事件より前から

AP Photo / Jacqueline Larma

 ユダヤ系の生徒のノートにナチスのかぎ十字が落書きされる。ユダヤ人墓地の墓石が倒され、ひどく荒らされる―― 社会の中でユダヤ人が不当に叩かれている現状が今、アメリカ国内で問題になっている。

 10月27日にピッツバーグで発生した、シナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)「ツリー・オブ・ライフ」での乱射事件。11人が犠牲となったこの事件は、ユダヤ人襲撃事件としてはアメリカ史上最悪との声も上がっている。銃撃を行ったのは過激な反ユダヤ主義者だと伝えられた。今回の事件が前例のない凄惨なものであることは間違いない。しかしながら、この事件を、ただ単に常軌を逸した特異な事件として片づけるわけにはいかない。

 アメリカにおいては、年々、社会の中に広く深く根差した憎悪と偏見が生み出すヘイトクライムの典型として、反ユダヤの犯罪がますます目につくようになっている。

 アメリカのユダヤ人口は、同国の全人口の約2%を占めるに過ぎない。それにもかかわらず、近年、FBIの年次データ上では、アメリカ国内で発生した宗教的偏見に起因するヘイトクライム被害者の半数以上をユダヤ人が占める年が連続している。「名誉毀損防止同盟(ADL)」の報告によると、ユダヤ人をターゲットにしたアメリカ国内のヘイトクライム件数は2016年の1,267件から、2017年には1,986件にまで跳ね上がった。同時に、オンライン上での反ユダヤ的ハラスメントの件数も急増している。

 ネオナチ、白人至上主義者、スキンヘッドなど、アメリカ国内の様々なヘイトグループの動向をモニターする「南部貧困法律センター」が実施した調査の中でも、やはり、反ユダヤのヘイトクライムが頻繁に報告されている。

「『ユダヤ人』が、過激派たちをつなぐ1つのキーワードになっています」と、南部貧困法律センターのインテリジェンス・プロジェクト代表、ハイディ・ベイリッシュ氏は語る。「過激派たちは、アメリカ国内で起こっている深刻な問題や事件は常にユダヤ人が黒幕になっている、と信じているのです」

 ここ数十年間にアメリカで発生した数千件にのぼる反ユダヤ犯罪のうち、実際に殺人にまで至った事件は、件数としてはごく限られている。最近発生した主な事件には、以下のものがある。

・2009年6月、銃を持った男がホロコースト記念博物館への侵入を試み、警備員を射殺。犯人の車の中からは、反ユダヤ的な書き込みのあるノートが発見された。

・2014年4月、フレイジャー・グレン・ミラー被告が、カンザスシティー郊外のユダヤ人コミュニティセンターで69才の男性とその孫の14才の少年を射殺。その後さらに、付近の高齢者施設「ヴィレッジ・シャローム」で女性1人を殺害した。

 しかし、アメリカ国内のシナゴーグとユダヤ人団体の多くはこれらの事件が起こるはるか以前から、既にセキュリティ対策の強化に努めてきた。

 名誉毀損防止同盟は、15年前の時点ですでに、「あなたが属するユダヤ人団体を護るには:危険に満ちた現代世界におけるセキュリティ戦略」というタイトルの、132ページにわたるガイドブックを刊行している。

 そのガイドブックには、施設へのアクセスをいかにコントロールするかの詳細なアドバイスが書かれており、さらには施設の責任者に対し、武装した警備員を雇うかどうかを慎重に検討するよう促している。

 今回ピッツバーグでの事件発生を伝え聞いたドナルド・トランプ大統領は、「武装した警備員がその場にいたならば、犠牲者の数はより少なくすんだだろう」との見解を語った。

 シナゴーグ「ツリー・オブ・ライフ」で集会を行うグループの副代表、スティーヴン・コーエン氏は、シナゴーグの責任者らは実践的な防犯訓練を過去に実施しており、セキュリティ危機への対処能力は十分だと認識していたと語った。しかしその一方で、そこでラビ(ユダヤ教聖職者)の名誉教授を務めるアルヴィン・ベルクン氏は、このシナゴーグでは主要なユダヤの祝祭日に警備員を配置するものの、事件が発生した土曜日には警備員は不在だったと述べている。

 実際、アメリカ国内のシナゴーグの多くは、すでに武装した警備員を配置しており、そうでないシナゴーグも、それに代わる何らかのセキュリティ対策強化を進めている。

「セキュリティ対策を真剣に考えていないシナゴーグというのは、もはや、アメリカ国内では想像できないですね」と南部貧困法律センターのベイリッシュ氏は語る。「信仰の場に集う際に自分の身の安全を考えなければならないという現状は、本当に悲しむべき状況です」

 反ユダヤ主義は、西ヨーロッパを含め、アメリカから遠く隔たった世界各地にも深く浸透している。

 ドイツでは、2017年の1年間に1,453件の反ユダヤ犯罪が発生。シナゴーグやユダヤ人団体の建物の周囲には、警官が常駐していることが多い。フランスでも同様に、反ユダヤの暴力事件が昨年1年で前年比25%の増加を記録。警察と軍のパトロール部隊がシナゴーグの警備強化のため配置されている。

 国際的なユダヤ人学生組織「ヒレル・インターナショナル」のマシュー・バージャー氏は、セキュリティに対する関心が近年さらに高まっていると述べている。

「原則的に、私たちはオープンで魅力あるコミュニティでありたいと考えています」とバージャー氏。「人々に広く開かれたオープンさの希求と、コミュニティのセキュリティ対策の必要性。その2つのバランスをとるために、私たちは全力を尽くしています」

 名誉毀損防止同盟によると、アメリカ国内の大学キャンパス内で発生した反ユダヤ事件の数は、2016年には108件だったものが、2017年には204件と、1年で2倍近くに増えている。またK12スクール(小、中、高校などの義務教育校)においては、ナチスのかぎ十字の落書きや校庭でのいじめなど、あわせて457件の反ユダヤ事件が報告された。

 また名誉毀損防止同盟は、先週公表した別の報告の中で、中間選挙を前にして、過激な極右の活動家らによるユダヤ系ジャーナリストや選挙候補者などへの威圧的で差別的な嫌がらせ攻勢が、オンライン上で激化していると指摘している。

 専門家らは、今年8月31日から9月17日にかけて発信された750万以上のツイッター・メッセージを分析。その結果、ユダヤに対する侮蔑的なツイートを繰り返しているアカウントの約30%が、実際には、自動で書きこみを行うボットであると結論づけた。しかしながら、リアルな人間のユーザーが管理するアカウント上に、「最も懸念される、有害度の高い」ユダヤへの攻撃メッセージが掲載されている例が広く見受けられ、そのなかには、ネオナチグループや白人国家主義グループなど、複数の組織のリーダーらが集まる有害アカウントもあるという。

By DAVID CRARY, AP National Writer
Translated by Conyac

Text by AP