築地市場、83年の歴史に幕 豊洲への移転に残る不安

AP Photo / Yuri Kageyama

 6日、当初の計画より何年も遅れ、ついに83年の歴史を誇る築地市場が閉鎖を迎えた。

「新しい場所は汚染されており、不便で安全ではない」と主張する築地で働く多くの人たちの強い反対を押し切り、総工費5,690億円を投じた施設が11日、豊洲にオープンした。

 1964年に創業し、代々家族が経営を行ってきた魚問屋である樋徳商店の山口タイ氏は、「新しい場所が今より良い場所なら、喜んで移転する」と語る。

                                                                                                                 

 75歳の山口氏は、築地で店舗を家族で経営している30人ほどの女性のグループ、築地女将さん会を率いるリーダーであり、豊洲への移転に反対を続けてきた。山口氏は、この移転は影響を受ける人々と十分な話し合いの場を設けなかった当局の誤りだと感じている。

「関係省庁は、多くの事実を隠している」と山口氏は憤る。

 築地には500件以上の魚問屋があり、数千人が働いていた。そして、毎日およそ4万人の人々が築地を訪れていた。移転に伴う漠然とした不安の多くは、長年愛されてきた地域の施設を閉鎖することに関係している。

 築地市場は、夜明け前から冷凍マグロや海産物を値切る威勢の良い競りが始まることで有名だ。この巨大な迷路のような卸市場には、寿司を提供する古風な趣のある屋台や、包丁やアイスクリームを売る店までがぎっしりと並ぶ。1935年以来、築地は東京の高級レストランや生鮮食料品店へ毎日欠かさず魚介類を供給してきた。築地市場の起源は1世紀近く前に遡る。

 移転に反対する人々は、豊洲が巨大で近代的な工業地帯であり、築地のような絵画的な美しさを欠いており、交通の便も悪いため、わざわざ豊洲を訪れようとする観光客が減少してしまうことを恐れている。

 築地で30年以上働いている54歳の中澤誠氏は、これから働くことになる新しい仕事場の豊洲を好きになれず、長年、東京の台所となっていた築地市場が閉鎖されることに怒りを覚えると語る。

 築地は、日本の中でも多様性を認める気運の強い特別な場所であり、前衛的な舞台俳優や前科者のような社会からはみ出した人々も寛容に受け入れる場所だと中澤氏は言う。

「我々を追い出そうとする連中は、この場所の再開発を企んでいる。他に理由が思いつかない。明らかに、金儲けをもくろんでいる」と中澤氏は語る。

 築地全体に雑然と散らばった店の一部は、元の市場を取り巻く場所に留まる模様だ。しかし、築地市場自体の魚介類の売上は1日に平均16億円を達成しており、この市場は10年間の論争を経て、築地から永遠に去ることとなった。

 豊洲への移転は2016年11月に予定されていたが、ガス工場の跡地である豊洲の移転先を調査した結果、地下水からヒ素や他の汚染物質が検出されたため、小池百合子都知事は移転を延期した。 

 移転先の土壌にさらなるコンクリートが注入され、高性能な浄水ポンプが導入された後、最近開催された新市場の開会式で小池都知事は、「安全性は確保された」と宣言した。現在でも、豊洲の荷物集積場の道路には、数メートルにも及ぶ長さの亀裂が何本も走っている。都の関係者は、亀裂は危険なものではなく、そのうち修理を行うと語る。

 小池都知事は、豊洲は「築地ブランド」を継承し続けると強調した。

 築地の市場跡地に関する長期的な将来計画は依然、不透明なままだ。

 230,000平方メートル以上の敷地は、17面の野球場と同じ広さであり、まず2020年東京オリンピックの駐車場として転用される予定だ。

 長期的な利用計画には、アミューズメントパーク、カジノ、ショッピングモールの建設や、それらを含めたさらに複合的な施設の建設も含まれる。築地は、東京の繁華街である煌びやかな銀座の商店街から徒歩圏内にあり、商売に有利な機会をもたらす地の利を備えている。

 山口タイ氏が率いる築地女将会が私的に実施した世論調査では、築地で商売を営む261の業者の80%が移転に不満を抱いていることが判明した。この調査の回答率はおよそ50%だった。

 築地市場で働く数百人の人々は、労働組合員や主婦らと共に、冷たい雨が降る6日の午後、築地から東京の繁華街へ向けて最後の抗議デモ行進を行った。

「築地の何が悪い? 築地のどこに問題がある? 築地市場まだあと100年!」とデモ行進に参加した人々は叫び、太鼓を打ち鳴らしてプラカードを振りかざした。

 都の担当者は、もっと現代的で効率的な市場の施設が必要であると強く主張した。魚市場で働く人々は、築地のレイアウトは魚介を乗せた無数の台車が激しく行き交う様子とあいまって、長年にわたって培われた芸術作品であると評価する。

 築地市場の閉鎖が間近に迫ったある日の午後、31歳の料理人、ジャンルカ・ロナティ氏と25歳のバー支配人、カイリー・ギル氏が揃ってシドニーから来日し、大勢の観光客や地元の住民に混じって市場を訪れた。

 ロナティ氏とギル氏は、築地の新鮮な魚を味わった後、ラーメン、抹茶アイスクリーム、そして、美味しそうなお好み焼きに舌鼓を打つグルメツアーを予定していると語った。

 築地市場の閉鎖について、ギル氏は「とても悲しい。この機に、古き良き日本の文化をしっかりとこの目に焼き付けておきたい」と言った。

 カリフォルニア州ロングビーチからやってきた航空会社職員のケアヒ・パガットパタン氏は、友人と築地界隈の散策を楽しみながら、築地市場の情緒的・文化的な背景について話した。

 パガットパタン氏は、「豊洲は築地とは同じにならないだろう。課題も多く、信憑性に欠ける」と言った。

By YURI KAGEYAMA, AP Business Writer
Translated by ka28310 via Conyac

Text by AP

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