【スイスの安楽死(1)】5つの自殺ほう助団体、「自殺ツーリズム」、市民の意識

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◆規制を試みた行政
 自殺ほう助は合法とはいえ、地元では賛成派ばかりではない。教会の中にも反対派はいるし、スイス政府も自殺ほう助を厳しく規制しようと試みた。国外在住会員が自殺ほう助を受けるためにスイスにやってくることが、2007年ごろに「自殺ツーリズム」と表現され始めたことも政府にとっては面白くなかった。

 そんななか、2011年5月、チューリヒ州ではスイス福音国民党(EVP)とスイス連邦民主同盟(EDU)が自殺ほう助の禁止や制限を求める案を提出して、投票が実施された。1つは、自殺ほう助自体を禁止する案で、84.5%の反対で否決された。もう1つの案「チューリヒ州での自殺ツーリズム反対(Nein zum Sterbetourismus im Kanton Zürich)」は、国外在住会員が数日前にスイスに来て自殺ほう助を受けられることを規制するため、自殺ほう助の対象者はチューリヒ州に1年以上居住しないといけないと制限するものだった。これも反対78.4%で否決された。つまり、チューリヒ州の人たちは、自殺ほう助団体に賛成という結果になった。

 そして政府が2011年6月に、自殺ほう助団体の活動は現状維持でよい、という決定をするに至った。行政が、個人の死についての決定権をもってよいのか、なかなか答えは出ない。

◆「自殺ツーリズム」反対の人は多数か?
 チューリヒ州での投票結果が、自殺ほう助に全面的に賛成だったとはいえ、スイス国内在住者はいいが、国外在住者も受容する自殺ツーリズムには反対だという調査結果もある。チューリヒ大学のクリスチャン・シュワルツェネッガー教授(犯罪学・刑事訴訟・刑法専門)らが、全国の1500人(15歳以上)を対象に行った電話調査(2010年公表)を見てみよう。本調査は、医師による積極的・消極的な死の援助、そして自殺ほう助について、全国レベルでの意見を初めてまとめたものだ。

「自殺ほう助が倫理的に正しいかどうか」という質問では、まったく正しくないの1から、まったく正しいの10までの10段階評価で答えてもらった(中央値のどちらともいえないは5.5)。3タイプの病気の人を挙げて、それぞれについて評価してもらったところ、①治癒できないがんの人に対して=7、②合併症(複数の疾病)の人に対して=6.7、アルツハイマーの人に対して=5.9となり、まったく正しい10のほうへ緩やかに傾いた。

「自殺ほう助は合法であるべきか」という質問では、下のグラフのように、①治癒できないがんの人と②合併症(複数の疾病)の人へは、医師や自殺ほう助団体スタッフによる自殺ほう助は合法であるべきだと70%以上が答えた。

Christian Schwarzenegger / Patrik Manzoni / David Studer / Catia Leanza, Was die Schweizer Bevölkerung von Sterbehilfe und Suizidbeihilfe hält, in: Jusletter 13. September 2010 のAbbildung 2: Rechtliche Zustimmung zu Sterbehilfe-Situati¬onen («sollte gesetzlich erlaubt sein»)より、筆者作成

 ところが、国外在住者がスイスで自殺ほう助を受ける自殺ツーリズムの質問では、反対意見が66%(まったく反対42%、どちらかというと反対24%)、賛成意見が35%(どちらかというと賛成24%、まったく賛成11%)という結果で、反対する人が明らかに多かった。

 チューリヒ州の中心のチューリヒ市は外国籍者の割合が全国平均よりかなり高く、人々が寛容だと言われる一方、保守的・伝統的な考えをもつ人が多い州もあることから、そのような土地による気質の違いが、自殺ツーリズムに対する意見の違いにあらわれたのかもしれない。

 ちなみに、筆者の周囲のスイス人に聞いてみたところ、60代男性は「自殺ほう助はよいと思う。でも商業化していることはよくない。病院が実施するように変わるべきだ」、50代男性は「治る見込みがない病気になったら延命治療はしたくない。でも自殺ほう助は受けないと思うので、自分にとって自殺ほう助団体は不要だ」、40代女性は「自分の死を自分で決めたい人はいる。それはよいことだと思うので、こういう団体は必要だ」と言っていた。

 世界の注目を集めるスイスの自殺ほう助団体の活動は、賛否いずれにしても、住民が自分なりの考えをもっていると感じる。

注1)安楽死には種類がある。スイスのいわゆる安楽死団体は、医師が致死薬を投与したり死期を早める可能性があるほどの強い痛み止めを投与したりする積極的な死の援助(違法)でもなく、また医師が呼吸器や栄養注入を止めるといった消極的な死の援助でもなく(合法)、当事者自らが薬を摂取して亡くなる「自殺ほう助」を提供する。そのため、スイスでは安楽死団体とは呼ばず、自殺ほう助団体と言ったり、自殺ほう助の意味を込めて死の援助団体と言ったりする。

注2)スイスでの自殺ほう助のシーンを収めた、2011年に英BBC Twoで報道されたドキュメンタリー「Terry Pratchett: Choosing to Die」(チャーリー・ラッセル氏製作)。英ベストセラー作家テリー・プラチェット氏(2015年3月、66歳で自宅にて病死)が、71歳の男性がディグニタスで自殺ほう助を受けて亡くなる場に付き添った様子も収められている。プラチェット氏はアルツハイマーを発症していた。本ドキュメンタリーは、イギリスとアメリカで賞を受賞した。

Text by 岩澤 里美