ラジオ、ゲームセンターからスマホまで 親を心配させてきた“新しい娯楽”たち

AP Photo / Joe Skipper, File

 スティーブン・デニス氏が2人の息子を育てていた1980年代、「スクリーンタイム(画面視聴時間)」などという言葉を聞いたことはなかった。また、子供たちがテクノロジーに何時間も費やすことを心配したこともなかった。アップルIIプラスコンピュータを買った時も、息子たちの未来への投資だと考え、できるだけ使用するよう奨励した。

 時代は変わった。彼の孫たちが手にしているのは、携帯電話やスナップチャット、インスタグラムやツイッターだ。

 住宅建設業を退職し、ワシントン州ベルビューに暮らすデニス氏は「ほとんど中毒状態だ」と話す。「コンピュータ、テレビ、電話は昔からあった。しかし、外の世界とつながっていたのは電話だけで、これほどテクノロジーがあちこちに散見することはなかった」。

                                                                                                                 

 現代の祖父母世代は「古き良きとき」を懐かしむかもしれないが、歴史を振り返ってみると、古くは三文小説の時代からラジオ、漫画の登場、そしてロックンロールなど、大人は常に新しい娯楽やテクノロジーに子供が夢中になるのを心配してきた。

 ミドル・テネシー州立大学のメディア研究者、ケイティ・フォス氏は、「子供の行動まで心から心配する、というのはすべて、きわめて20世紀的な考え方です」と話す。ただ、スクリーンタイムに関していえば、「1950年代当時に抱いた懸念を、再び呼び起こしているに過ぎない」という。

 確かに、今の時代、こういった懸念はとりわけ深刻化しているようだ。もちろん、いつだってそうなのだが。スマートフォンは高度にカスタマイズされ、24時間365日、我々の生活に欠かせないものになり、反社会的行動や見知らぬ他人と関わることになるのでは、という親の不安を煽っている。

 しかし、親というのは自分の目が届かないところで子供が何をしているのか不安になるもので、それは今も昔も変わらない。昔なら、子どもが勝手に出歩くことや、夜間に家を抜け出して酒を飲むことを意味したが、今は、寝室でこっそりインターネット上の見知らぬ他人とチャットする、といったことが心配の種かもしれない。

 1世紀ほど前、同様の恐怖が巻き起こしたのは、ラジオだった。

 1931年、アメリカの児童学協会でディレクターを務めるシドニー・マッツナー・グルエンバーグ氏はワシントンポストに対し、「これまで家庭の侵略者とされてきた漫画や自動車、映画などと比べ、ラジオは親世代がなす術のない相手のようだ。ラジオを締め出すことも、子供を縛りつけておくこともできないからだ」と述べている。彼女は、親にとって最大の懸念は、ラジオが会話や音楽の練習、集団競技、読書といった他の関心事の妨げになることだ、と付け加えている。

 ニューヨークのアデルフィ大学でメディア史を研究し、アメリカの子供とメディアに関する年代記を執筆したマーガレット・キャシディ氏によると、1930年代初頭のニューヨーク州スカーズデールで、子供を持つ女性たちがラジオ局に対し、番組を変更するよう要求する事例があったという。番組内容が子供たちにとって「過度の刺激、恐怖、感情的に極端」である、という理由からだ。

「スカーズデール・マムズ」と呼ばれた彼女たちの積極的な行動により、全米放送事業者協会(NAB)が動いた。NABは、子供向け番組を制作する上で、「犯罪者を英雄として描写しない、拝金主義と利己主義を美化しない、権威を軽視しない」と誓約する倫理綱領を提出した。

 その後、テレビは比類なきスピードで一般市民の意識に浸透した。ニューヨーク大学のメディア史学者、ミッチェル・スティーブンス氏によれば、1955年にはアメリカ国内の過半数の家庭で白黒テレビを所有していたという。

 そして同時に、懸念も生まれた。1961年にスタンフォード大学が子供6,000名、保護者2,000名、教師100名を対象に実施した研究では、対象となった子供の半数以上が西部劇や犯罪関連番組、また「感情的な問題」を扱った番組など、いわゆる「成人向け」番組を視聴していたことがわかった。研究者グループは、子供向け番組でも暴力シーンが存在することに驚愕した。

 1960年代末までに、議会はテレビの暴力シーンが与える影響を研究するため、100万ドル(現在の700万ドル相当、約7億8,000万円)の予算を認め、その後数年間で「文字通り何千ものプロジェクト」を促進したとキャシディ氏は述べた。

 その結果、1984年、アメリカの小児科学会(AAP)において、「子供たちがテクノロジーに触れる機会を、保護者が制限するべきだ」とする勧告が初めて採択された。同医師会は、テレビが薬物やアルコールに関する非現実的なメッセージを発信することで、肥満や暴力を引き起こす可能性がある、と主張した。15年後の1999年、同医師会は「2歳未満の子供にテレビを一切視聴させるべきではない」という、今や悪名高い布告を発表している。

 その決定のきっかけとなったのが、イギリスの子供向け番組「テレタビーズ(Teletubbies)」だ。おなかにテレビのついた着ぐるみたちが歌い踊る内容だったが、問題となったのはテレビの中にテレビのついた生き物がいる、という突飛さではない。ワシントン大学の小児科医ドナルド・シフリン氏によると、問題視されたのは、まだ言葉を知らず、医師が「本来両親から言葉を学ぶべき時期」だとする子供相手に話す「ちんぷんかんぷんな言葉」だったという。シフリン氏は当時、提言を推進したAAPの元議長でもある。
 
 テレビゲームの登場により、新たな問題が生まれた。何十年にもわたって研究が行われたにもかかわらず、暴力的なゲームが暴力的な行動を誘発するか否か、という最も一般的な恐怖を検証することはできなかった。しかし、1980年代初めにゲームが文化的な力を発揮した瞬間から、親たちは、子供が「パックマン」、「アステロイド」そして「スペースインベーダー」などの単純かつ反復的なゲームに我を忘れてしまうのではないか、とやきもきした。

 ゲームセンターの普及を制限しようとした都市もある。たとえば、テキサス州メスキートでは、17歳未満の子供は保護者の監督付きでなければならない、と定めた。ウィスコンシン州ミルウォーキー大学のメディア史研究家であるマイケル・Z・ニューマン氏は、先日スミソニアンに次のように記している。「多くの親は若者が大勢テレビゲームを楽しむゲームセンターのことを、『大勢の若者が、薬物やセックスを違法取引する、悪の巣窟』のように想像した」。

 当時の専門家の中には、子供たちに同情的な者もいた。ニューヨークのコーネル大学メディカルセンターの依存症専門家であるロバート・ミルマン氏は、1981年、ニューヨークタイムズに対し、「ゲームは不安を和らげるものであり、『ハラハラして、他のことを何も考えられないような活動に没頭する』という昔からある欲求を満たすことができる」と話している。彼は、ギャンブルやシンナー遊びに代わる良心的な選択肢として、ゲームを位置付けている。

 当初、子供たちと世界の知識をつなぐ「情報スーパーハイウェイ」と謳われたインターネットは宿題や研究に役立つことから、同様の道をたどった。しかし、インターネットによって人同士、それもこれまでつながることのなかった人々が結びつくようになるとすぐ、これまでと同様の懸念が再び表面化した。

 12歳の孫がいるカリフォルニア州フォールブルックのシーラ・アザラ氏は、1990年代初めにAOLのチャットルームを知り、「なんだか、敵対的な場」だと感じたことを今も覚えているという。1990年代、より寛容になった親を持つ若者たちは、このようなチャットルームは、17歳の女の子が40歳の男性になりすますことができる場所(またはその逆)、そしてセックスやドラッグ、ロックンロール(もしくは流行のニュースといったより世俗的な話題)について語れる場所として記憶しているかもしれない。

 アザラ氏はまだ自身の子供たちがテクノロジーから受ける影響について、それほど心配していなかった。当時携帯電話はまだ一般利用されておらず、コンピュータを所有する家庭でも、リビングに置いていることが多かった。しかし、彼女も孫たちのことは心配している。

「彼らは、人と触れ合わないの。彼らの頭はスクリーンか、ゲームの中ね」と彼女は言う。

By BARBARA ORTUTAY, AP Technology Writer
Translated by isshi via Conyac

Text by AP

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