HPVワクチン問題で啓蒙、医師の村中璃子氏にジョン・マドックス賞

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 HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)は、世界的にその有効性が認められているが、接種後に深刻な副反応が出ていると報じられたことで、2013年に70%だった日本での接種率は、現在1%を切っている。

 そんななか、ワクチンへの恐怖をあおる報道や発表の間違いを科学的な視点で正した功績が認められ、医師でジャーナリストの村中璃子氏が、ネイチャー誌などが選出するジョン・マドックス賞の今年の受賞者に決定した。根拠のない情報がもとでワクチンの接種を危険視する人々は海外にも多く、啓蒙活動が進んでいる。

◆ワクチンは有効も根強い反対
 ガーディアン紙によれば、HPVワクチンは、80%以上の子宮頸がんの原因とされる2つの型のヒトパピローマウィルスの感染を防ぐことができ、安全で有効だと科学者によって認められている。London School of Hygiene and Tropical Medicineのハイディ・ラーソン氏は、世界で年間52万8000件の子宮頸がんが新たに発見されており、ヒトパピローマウィルスと関連付けられる死は、26万6000件に上ると述べ、HPVワクチンはこれらのほとんどを根絶するポテンシャルを持っているとしている。

 ところが、ガーディアン紙によると、日本、アイルランド、デンマークでは、けいれんや歩行障害、神経性の副反応が出るとした反ワクチン運動のせいで、科学者の安全だという声にもかかわらず、接種率が低下している。ケンブリッジ大学のマーガレット・スタンレー教授は、どのワクチン対しても安全ではないという意見は出るものだが、HPVワクチンは異常なレベルの敵意を持たれていると同紙に述べる。

◆パニックを煽るメディア。消極的な日本政府
 ウェブメディア『Vox』は、日本の接種率が下がったきっかけは、ワクチンを接種したマウスが脳障害を負ったという研究結果や、接種後の副反応とされる症状で苦しむ少女たちの姿がメディアによって広げられことだと述べる。反ワクチングループは少女たちの症状はワクチンが引き起こしたと主張したが、日本政府はその主張に根拠はないとしながらも、ワクチン接種の積極的推奨を停止してしまったとも述べている。

 疑わしい研究結果や親の恐怖が科学に打ち勝ってしまった状況を憂慮し、村中氏は2015年にHPVワクチンについて雑誌などに執筆を始めた。2016年には前述のマウスによる実験結果に「ねつ造行為があった」と指摘し、これがマドックス賞受賞の理由ともなったが、実験をした科学者から名誉毀損で訴えられ、メディアでの連載や出版の機会などを失い、脅迫なども受けているという(Vox)。

 ここまでされても、村中氏は自分の戦いには価値があると述べ、受賞に際し、「公衆衛生を脅かす危険な主張を無視できない。人々には真実を知ってもらいたい。それが書き続け、声を上げ続ける理由だ」と話している(Vox)。

◆アイルランドは接種率アップ。キャンペーンで啓蒙
 一方日本と同様に激しい反ワクチン活動の影響で、2014年には87%だったHPVワクチンの接種率が、2016年には50%まで落ちてしまったアイルランドでは、世界保健機構(WHO)のバックアップを受けた政府の大型情報キャンペーンが功を奏し、今年は61%まで上昇したとアイリッシュ・タイムズ紙が報じている。公的医療を提供するHealth Service Executiveのトニー・オブライエン長官は、親たちが信頼できる情報源からアドバイスを求め、ワクチンの価値を認識していることの表れだと述べている。

 医療事務に従事する母親は、アイリッシュ・タイムズの取材に対し、多くの人々は資格のある医療専門家よりも、ソーシャルメディアから情報を得ていると感じると述べ、自分は職場の医師にアドバイスを求め、ネット検索で海外でのワクチンの有効性を確認し、娘に接種させることを決めたと話している。

 対照的に、多くの情報はフェイクだと分かっていても、ネットで次から次に出てくるホラーストーリーを知れば、やはり娘にワクチンを接種させる気にはなれないという母親もいる。その女性は、一部の少女たちに出た症状の原因が明らかになればいいが、それまでは接種は見合わせたいと述べている。

 村中氏は、日本では年間2万7000人から2万8000人が子宮頸がんと診断され、3000人が亡くなるとし、反ワクチンプロパガンダのせいで、助かる命も助からなくなってしまうと危惧している(Vox)。ワクチンの有効性は証明されているだけに、日本でも親や子供たちの不安を取り除く丁寧な説明や、正しい理解を促す取り組みが必要だろう。そういった意味で、メディアの公平な報道や、政府の適切な啓蒙活動を期待したい。

Text by 山川 真智子