学生の字が汚すぎて800年の歴史に終止符? 英大学、試験にPC導入を検討

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 パソコンや携帯電話の普及で、手書きをほとんどしない人が増えている。このデジタル化がもたらした現象は高等教育にも及んでおり、イギリスの名門、ケンブリッジ大学は、手書きが苦手な学生の増加に対応するため、試験におけるラップトップなどの情報機器の使用を検討し始めた。試験は手書きという同大学800年の歴史に終止符が打たれるのだろうか。

◆デジタル化の影響は不可避。手書きはもう苦痛
 ガーディアン紙によれば、昨今の学生は講義を始めさまざまな状況でパソコンに依存しているため、手書きの能力を失いつつあるという声が学術界から上がっている。ケンブリッジ大学の学生新聞「Varsity」は、「試験における学生の手書きの解答を読むことは以前より困難で、『手書きは忘れ去られた技術』になっている」という同大学の元学術担当主事、サラ・ピアソール氏のコメントを紹介。多くの採点者がほぼ判読不能の文章と格闘しているという。

 学生側にしてみれば、ノートを取ったりレポートを作成したりするのは、今では手書きからパソコンにシフトしているため、テストのときだけ手書きというのは負担になっている。すでにパイロットプログラムを実施し、試験でのノートPC使用をオプションとして認めているエジンバラ大学のダイ・ハウンセル教授は、学生は長時間の筆記に慣れていないため、手書きで論文を組み立てるのは、パソコンで行うのとは異なる精神的チャレンジだと述べている(ガーディアン紙)

 このような事情から、ケンブリッジ大学では手書きの試験はますます学生と採点者にとって困難になっていると判断したようだ。そこで今年初めから、情報機器によるタイプ打ちでの答案作成を歴史と古典の2学部で試験的に実施した後、デジタル教育ストラテジーの一環として、審議会を立ち上げている。

◆実施へのハードルは高い?
 一方、情報機器使用に関する問題点も指摘されている。Varsityは、もっとも高いハードルの一つは、機器の準備だとしている。パソコンの使用許可が広がれば、試験時間中、数百人分を同時に用意し、それに伴う新たなセキュリティや装備も万全にしなければならないためだ。学生に自分のパソコンの持ち込みを許可するという方法もあるが、剽窃やカンニングへの対策が重要になってくる。すでに北米では、学生のパソコンにインストールすることで、ハードドライブやインターネットブラウザーへのアクセスを絶ち、カンニング防止のため試験中に写真を撮影できるソフトウェアも利用されており、そういったものが解決策になるのではないかとVarsityは述べている。

 手書きの解答とタイプ打ちの解答では採点に違いが出るのではないかという意見もあるが、むしろ採点において好ましくない主観を、タイプ打ちは排除できると上述のピアソール氏は述べる。例えば、採点者自身が意識していなくても、好きな手書きのスタイルなどが影響することは考えられ、特色のないタイプ打ちなら先入観による問題にも対処できると見ている(Varsity)。

◆手書きしてこそ人間。効率重視に警鐘も
 英新聞各紙に寄稿するライターのメラニー・マクドナー氏は、テレグラフ紙に寄稿し、情報機器の使用を認めるのは、筆跡学者でもないのに読めない字を解読させられる学者の健康にはポジティブな影響を与えるが、アイデア自体は腐っていると断じる。人は手書きをすることによって字を覚えることは各国の研究で明らかになっており、手書きは学校や大学で重視されるべきだと主張している。

 同氏は、手書きこそが人間らしさであるとし、肉体的、手動的プロセスに従事することが、人間を実態ある世界に留めるのだという哲学者、マシュー・クロフォードの言葉を紹介している。さらに、中世の古文書を読んだ自らの経験から、手書き原稿にはページから飛び出してくる匿名ライターの人格が現れていたとし、そのような個人的、独特かつ人間的なものが効率という利益のなかで失われることは考えたくもない、と述べている。

Text by 山川 真智子