「北朝鮮の自由で民主的なパラレルワールド」 英国の街に集う脱北者たち

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 北朝鮮から脱出したいわゆる脱北者と呼ばれる人々が、韓国以外で最も多く住む場所は、意外にもアジアから遠く離れたロンドン南西部の町、ニューモルデンだ。なぜこの町に脱北者が集まるのか、そして彼らはどのような生活をしているのだろうか。

◆ロンドン郊外の朝鮮共和国? 脱北者が続々移住
 ニューモルデンは、ロンドンのウォータールー駅から電車で22分の、人口2万9000人弱の町だ。駅のまわりにはプルコギレストラン、カラオケバー、アジア系の食料品店などが並び、多くの商店の看板には英語とハングルが併記されている(インデペンデント紙)。

 フィナンシャル・タイムズ紙(FT)によれば、ニューモルデンには1万~1万2000人の朝鮮半島出身者が定住している。この地に韓国大使館があったこと、またサムスンがここに最初の欧州本部を置いたことなどが影響し、1960年代から韓国人住民が増え始めたとインデペンデント紙は解説している。

 住民のほとんどは韓国人だが、数百人の脱北者もここに定住しており、その多くが1990年代半ばに起きた大飢饉と、その後も続く食糧難から逃れてきた人々だという(FT)。北朝鮮からの難民をサポートする団体、EAHRNKのマイケル・グレンディニング氏も、政治的理由で脱北する人は非常にまれで、ほとんどが食料不足とより良い経済的機会を求めての亡命だとUSAトゥデイ紙に述べている。

◆イギリスは希望の地。だが脱北者の現実は厳しい
 ニューモルデンに住む脱北者の多くはまず中国に渡り、中国人ブローカーや支援団体を通じて渡英している。行き先として提示されるのは、アメリカ、欧州、韓国が多いようだ。手厚い補助や市民権が約束されている韓国を選ぶ脱北者は多いが、インデペンデント紙のインタビューを受けたイギリス在住の脱北者は、同国を選んだ理由を、「産業革命以来、もっとも民主的な国と北朝鮮で習ったため」、「イギリス、ノルウェーは良い国と北朝鮮で習ったため」としている。アメリカは敵国と北朝鮮で教育されていたため、選ばなかったらしい。

 希望を抱いてイギリスに渡る脱北者だが、言葉の壁、制度の違いから、買い物ひとつにも苦労し、コミュニティにも溶け込めないなど、さまざまな困難に直面する。そのためビザが与えられ移動の自由が得られると、母国語が話せ、慣れ親しんだ食べ物が手に入り、仕事探しも容易なニューモルデンに彼らはやって来るという。インデペンデント紙は、ここが北朝鮮の自由で民主的なパラレルワールドだと述べている。

 多くの北朝鮮人は、韓国人経営の職場で単純労働に従事しているが、韓国人が北朝鮮人を見る目は厳しいようだ。インデペンデント紙によると、ここに住む多くの韓国人が、北朝鮮人は洗脳された共産主義者で、英語も学ばず教育もないやっかいな存在だと見ているという。北朝鮮人のほうも、母国で韓国はアメリカの手先と教育されているうえ、利用されることを警戒しており、仕事を離れれば韓国人との交わりは少ない。同紙は70年前なら同じテーブルを囲んでいたかもしれない人々だとし、政治体制の違いが両者の壁になっていることを指摘している

◆平等、幸せと自由を求めた脱北者。イギリス次世代も成長中
 EAHRNKによれば、イギリスを目指す脱北者の数は減っているという。その理由として、北朝鮮が国境警備を強化していること、イギリスが亡命希望者により厳しくなっていること、また全般に脱北者に対し、政府から大規模な援助が受けられる韓国行きが勧められていることなどが上げられている(FT)。

 しかしFTは、韓国では北朝鮮人は差別を受けるとする脱北者の言葉を紹介し、朝鮮半島を去りたいという北朝鮮人は今後も必ずいると述べる。シェフィールド大学のマーカス・ベル氏は、北朝鮮人はイギリス社会では単に「アジア人かコリアン」として見られることが、彼らにとって好都合だとFTに語っている。

 苦労しつつも新天地イギリスで少しずつ根を張る脱北者たちだが、取材した欧米メディアによれば、多くが現在の北朝鮮情勢を懸念し、残してきた親族の身を案じているという。取材を受けたある脱北者は、自分の子供たちは現地校に通い、英語を話し、西洋文化を享受していると話す。北朝鮮では、お前は幸せだと教えられても幸せを感じることがないという彼女は、イギリスに来て初めて、子供の笑顔や家族で囲む食卓の周りに幸せがあるのだと理解したという。そして母国ではだれも知らない幸せと自由がここにはあると述べ、これを北朝鮮の人々と分かち合えたらとインデペンデント紙に話している。

Text by 山川真智子