「消える日本人」に魅せられたフランス人夫婦…裏社会を捉えた写真集を出版、話題に
フランス人ジャーナリストのレナ・モージェ氏 とフォトグラファーのステファン・ラマエル夫妻が昨年秋に出版した『The Vanished: The Evaporated People of Japan in Stories and Photographs(消えた人々:日本で蒸発した人々の物語と写真)』(Skyhorse出版)という写真集が静かに話題になっている。2008年、パリのバーで小耳に挟んだ日本人夫妻の蒸発に魅せられた夫妻は、以後5年をかけて消えた人々の物語に耳を傾け、それをサポートする裏社会のネットワークの姿を収めた。
◆組織的に蒸発が行われる社会
「(日本のように)追跡技術や社会ネットワークもある近代的な国で消えるなんて、すごいことだと思った」とモージェ氏は先月、PRI(国際公共放送)に語った。日本に到着した夫婦はしかし、蒸発した人々を追跡するのは不可能だと思ったと言う。蒸発は「自殺と同じくらいタブー」で、誰もが協力を拒んだからだ。
転機となったのは「夜逃げ屋」の人々との出会いだった。彼らの協力を得て、夫妻は蒸発した人々のコミュニティに徐々に足を踏み入れていく。蒸発のために夜逃げという組織だった方法があること、また消えた後の生活を支えていく社会があることに、夫妻は驚愕する。
人々の消える理由は借金、失業、離婚、あるいは受験失敗とさまざまだ。ほとんどの失踪者はもちろん取材を拒んだが、なかには撮影に協力してくれた人もいる。夫婦が目の当たりにした「消えられるしくみ」のほか、PRIは日本の法律の構造が個人の追跡に必要な情報収集を非常に困難なものにしていると指摘する。
◆「蒸発が習慣」は幻想?
一方、タイム誌の記者は夫妻の見方にやや懐疑的だ。自身、日本で夜の接客業をした経験から、発達した「裏社会」のような存在には気づいてはいるが、それでも夫妻の考えには多少幻想が入っているのではないかと指摘する。たとえば、通称「ドヤ街」として知られた東京の「山谷」の地名が地図から消えたのは、単に行政のなりゆきであって、夫妻が言うように蒸発者を守るためではないという、山谷近辺でボランティア活動をする外国人の声を紹介する。
また、蒸発が「慣習」というほどには人口に反映されていないとも指摘。2015年、日本の警察庁が報告した8万2千人のうち8万人近くが年末までに見つかり、1週間以上見つからなかったのは2万3千人だけで、そのうちの4,100人は死亡が確認された。(ただし、特定非営利活動法人の日本行方不明者捜索・地域安全支援協会によると、未報告のケースを含めればその数は約10万人にのぼると見積もられる:タイム)。一方、日本の約半分の人口のイギリスでは、30万人以上の行方不明者が警察に届けられたという。
◆蒸発を生み出す「恥の文化」
数値ではないが、日本の「蒸発」を特徴付けるものが一つある。それは、いうなれば「恥の文化」だろう。失業したことを家族に言えずに通勤するふりを続ける会社員の話などは昔からあった。失業や離婚などが「恥」と考えられる社会では、「蒸発」が自殺よりは少しマシな選択肢ということだろう、と別の外国人がタイムに語っている。
また同誌にて、オックスフォード大学ニッサン日本問題研究所の苅谷剛彦教授は、80 年代から変わらない会社環境や過労死などの問題点も挙げ、個人が互いを監視しあう逃げ場のない社会についても解説している。
失踪というと、トラフィッキング(人身売買)などが主な海外と比べ、人々を蒸発に追い込む社会の歪みは、たしかに日本独特のものと言えるかもしれない。賛否両論あるようだが、私たちの社会を違う角度からみるためにも、写真集を一読してみるのもいいのではないだろうか。
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