「現金払い」に回帰するキャッシュレス先進国も 現金がなくならない理由

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 買い物時の支払い方法で最も多いのは依然「現金払い」だが、近年減少傾向にある。QRコード決済やモバイル決済などデジタル決済の多様化に伴い、このまま現金払いは消滅の方向に向かうのだろうか。キャッシュレス化で先を行く海外の事例を見ると、必ずしもそうとは限らないことがわかる。

◆世界の主要な決済方法
 現金決済の減少は世界的な傾向だ。カナダでは2009年には54%を占めていた現金取引が、2021年には10%にまで減少(CBC)。また、欧州中央銀行によれば、欧州でも現金決済の割合は79%(2016年)から52%(2024年)に落ちている。

 現金以外の決済方法で最も用いられているのはクレジット/デビットカード払いだ。ストライプジャパンが、日本のほかオーストラリアとシンガポールの18歳以上を対象に2024年に行った消費者調査によれば、オーストラリアとシンガポールでクレジット/デビットカード決済の使用率は現金決済を上回っていた。

 また、アメリカやフランス、スウェーデンなどでもカード払いは、一番よく用いられる決済方法だ。なかでも、最もキャッシュレス化が進んでいる国の一つのスウェーデンでは、過去1年間に利用した決済方法において、カード決済が飛びぬけているのに加え、モバイル決済(28%)が現金払い(35%)に迫る高さとなっている(スタティスタ、2023年5月)。

 一方、モバイル決済が最も普及している国は中国で、67%が過去1年間に使ったことがあると答えている。同じくインドにおいても、モバイルはカードより多く用いられる決済方法だ。(同)

◆どんな時に現金払いを選ぶのか?
 以上のような全体的な傾向にもかかわらず、ここ数年、局所的に現金払いの増加も起きている。カナダでは新型コロナ流行初期に一時的に現金使用が増え、イギリスでは2022年の物価高騰を受け、数年ぶりに現金払いが増加した。オランダでも、2022年から2024年の間にわずかながら増加した。

 注目に値するのはフィンランドで、2022年から2024年の2年で19%から27%に増加した。これは電子決済に対するロシアによるサイバー攻撃への懸念からと考えられる。(マネーヴォックス

 これらの例も示すように、平常時はキャッシュレスでも、非常時に際しては現金の重要性がクローズアップされる。

◆現金払いの利点
 自然災害、インフラ障害、サイバー攻撃などの非常時以外にも、現金払いにはいくつか利点がある。パリ造幣局代表者は現金払いの機密性の高さを指摘する。これは、デジタル決済がすべて記録され、追跡可能であることとは正反対の特徴だ。

 現金払いを用いた節約法も、限られた予算で生活する人々に支持されている。インフルエンサーらが近年TikTok(ティックトック)などで喧伝しているものだが、月の初めに月収をすべて現金で引き出し、あらかじめ用途別に封筒に収め、必要に応じて取り出して使うという。お金の使用状況が一目瞭然であるため、家計簿などをつけなくても、予算の管理がしやすいという利点がある。同様に、子供にお金の価値を学ばせるのにも、現金の存在が重要だという意見もある。

 また、現金払いは手数料がかからない。高齢者にとっては、パスワードを覚える必要がないことも大きな利点となる。さらに、住所を持たない人や、家庭内暴力の被害者にとっては、現金は唯一の経済的自立を図る手段でもある。

◆意外な国が現金払い維持を支持
 現金払いにあるこれらの利点を考慮し、また戦争やデジタル攻撃などへの危惧から、いくつかの国や地域においては、現金決済を擁護しようとする動きが出ている。

 アメリカのフィラデルフィア市は2019年、北米の都市で初めて、小売業者が現金決済を拒否することを禁止した。ニューヨーク、シアトル、ロサンゼルスなどの都市も同じ方向に動いている。欧州においても、スペインやアイルランドが同様の法律を採用している。イギリスでは金融行動監視機構(FCA)が2024年、銀行や住宅金融組合が支店閉鎖の際に利用者の現金へのアクセスを保証するための新たな規則を発表した。

 さらに、世界で最もキャッシュレス化が進んでいる北欧諸国においても、国家当局が現金決済を保持する重要性に気づき、これを維持しようとし始めている。

 スウェーデン国立銀行の統計によれば、スウェーデンとノルウェーは国内総生産(GDP)に対する現金流通額の割合が世界で最も低い国だが、そのノルウェーでは2024年10月から、事業者が「カード払いのみを受け付ける」ことが禁じられた。また、スウェーデンでは、国防省が数ヶ月前から国民に、緊急事態に備えて1週間分の現金を手元に置くよう勧告している。

Text by 冠ゆき