「スキー場は閉鎖しない」スイス、近隣諸国と温度差

Jean-Christophe Bott / Keystone via AP

 新型コロナウイルス感染症から回復して2週間後、ティエリー・サラミン氏はマッターホルン山頂でスイスの雪景色の中にいた。ブルーと蛍光イエローのスキーブーツ、そして頭上の太陽と同じように明るい気持ちで、これからゲレンデを攻めようというところだ。

 スイス南西部のウォリス地方で不動産業を営むサラミン氏(31歳)は、この時期にスキーができることが信じられないという(彼自身が病に苦しんだということもある)。スイスの人々がスキーを楽しんでいる一方、アルプスを挟んだ隣国ではスキーが制限されており、双方の間に亀裂が生じている。

 新型コロナウイルスの再拡大を受け、オーストリアやフランス、イタリアはホリデーシーズンのスキー場閉鎖や厳しいアクセス制限を敷いている。その一方、スイスのゲレンデは通常営業を続けており、アルプスのレジャーであるスキー場をめぐる不平等に対する不満の声があがっている。

 サラミン氏は、「それは事実です。我々は特権を与えられています」と言い、ツェルマットの斜面を「パラダイス」と熱く語る。そしてイタリアへと続く稜線を示しつつ、「イタリア側のゲレンデに行けないのは残念です。あちら側も素晴らしいので」と残念さをにじませる。

 過去100年で最悪のパンデミックにより、国家間にも不和が生じており、その範囲は健康やビジネス、経済、文化、福祉の問題へと波及している。国同士の不和は、世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスとの戦いにとって重要であると推進する「連帯」と相反するものだ。

 スイス側は、「新型コロナウイルスと戦うため、合理的な行動を取っている」と主張する。ヨーロッパの多くの地域と同様、スイスの感染者数は10月下旬に急増した。約1ヶ月前のピーク時には1日あたりの新規感染者数が1万人を超えた日が2日もあり、総人口850万人の同国では非常に高い水準で推移している。

 スイス当局は、スキー場のリフトや行列ではマスク着用を求めるほか、手の消毒やソーシャルディスタンスを維持するよう推奨している。スイスのゲレンデには平日にもかかわらず大勢のスキー客が訪れており、こうした条件は彼らのような忠実なスキーヤーにとっては些細な譲歩にすぎないとみえる。

 フランス政府は、欧州連合に加盟していないスイスを狙い撃ちにしているかのように、「スキー旅行からの帰国者に対し、ウイルス検査や検疫を義務化する可能性がある」と警告している。フランスの動きは新型コロナウイルスの蔓延を防ぐためのものだが、フランスアルプスの一部の町では自治体や財界首脳から「不当な制限だ」と不満の声があがっているという。

 こうした圧力のなか、スイスのアラン・ベルセ保健担当大臣は12月4日に同国のスキー場に対する規制を「強化」すると発表した。今後スキー場が運営を継続するには、12月22日までに州または地方当局による承認を受けなければならない。

 さらに保健省では12月9日以降、スキー場の列車、ゴンドラ、ケーブルカーの収容人数を最大定員の3分の2に制限すると発表した。ただ、今回の規制強化を考慮しても、他国と比べてスイスの制限はまだ緩いほうだ。

 近隣地域は騒然としている。ツェルマットを挟んだイタリアのヴァッレダオスタ地方議会は政府に反対し、「とにかくスキーリフトはオープンする」と決議したが、この問題は法廷に持ち込まれる可能性がある。

 スイスとの国境近くにあるフランスの町シャテルでは、ニコラス・ルービン町長がフランス政府からの指示に反発し、町庁舎をスイスの国旗で覆った。ルービン氏はスイスの公共テレビに「我々はスイスに嫉妬しているわけではない」と語り、スイス当局は自国の規則についてとことん熟慮した、と見解を述べている。

 オーストリア、フランス、イタリアが加盟する欧州連合は、いまのところホリデーシーズンの旅行禁止を推奨するにはいたっていない。ただ今年はじめ、大規模なイベントでのクラスターが一因となり、ヨーロッパは壊滅的な感染拡大に見舞われた。これら3ヶ国のスキー場で開かれたイベントも例外ではなく、再び感染が広がらないよう警戒する当局は予防策を講じている。

 イタリアのジュゼッペ・コンテ首相は12月3日、同国のスキーリフトを1月7日まで閉鎖すると正式に発表した。フランスはまだ検討中だが、早くとも再開は1月中旬までずれ込む見通しだ。オーストリアでは12月24日からスキーが解禁されるが、1月上旬まではスキーリフトの定員に制限がかかる。

 ツェルマットのロミー・ビナー・ハウザー市長はインタビューの中で「観光は私たちの唯一の収入源であり、生活です。誰もホットスポットになりたくないし、スーパースプレッダーにもなりたくありません。太陽と新鮮な空気、そして山に囲まれたアウトドア活動と、大都市のショッピングモールにどんな違いがあるのでしょう? その答えを教えてくれた人はこれまで一人もいません」と述べている。

 ツェルマット観光当局では、今年の宿泊者数が少なくとも20%減少すると予測している。客の約半分はスイスから、残りの半分は海外からやってくる。近隣諸国だけでなく、遠方から来る外国人客も多い。

 ツェルマットでスキーインストラクターとして働くイタリア人のデイブ・プライス氏は「政府が再びロックダウンを行わないことを願っています。そして、他国の人々が国境を越えられるようになれば、とも思います。世界を封鎖するのはナンセンスです。それは、生きるのをやめる、ということですから」と語る。

By JAMEY KEATEN Associated Press
Translated by isshi via Conyac

Text by AP