年金基金が抱える巨額の赤字が世界的危機を招く

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著:Ania Zalewskaバース大学、Professor of Finance)

 ここ10年間、銀行業界は規制当局や学会、一般市民の注目の的となってきた。2007~2008年に発生した金融危機を受け、銀行業界を統制するための新たな規制や機関が設けられた。

 銀行業界とは対照的に、年金業界の問題はうやむやにされがちだ。退職後の貯金を考える時と同じように後回しにしてきたが、今になってそれが大きな間違いであったと分かりつつある。

                                                                                                                 

 年金業界はすでに重大な財政危機に陥っており、金融危機に次ぐ世界規模の金融及び経済的メルトダウンを引き起こす可能性は十分にあり得る。この問題はこれまでほとんど見過ごされてきた。年金業界といえば財政危機ではなく、人口の高齢化に起因する問題(もちろんこちらも重要な問題である)を取り上げるのが一般的だ。

 多くの国の株式市場は、2007~2009年にかけての大暴落から回復を果たしている。それは年金基金にとっても好ましい事態のように思えるが、年金業界のどこにも期待されているほどの効果は見られていない。年金基金の多くが株式投資から撤退し、ポートフォリオの債券比率を増やしたため、大きなリターンが望めない。例えばイギリスの年金基金のポートフォリオを見てみると、2006年には61%だった株式比率が、2017年には29%まで減少し、同期間における債券比率は28%から56%に増加している。

 正味の影響は、数々の国の年金業界が危険な状態に陥っているということだ。シティバンク銀行が2016年に発表したところによると、OECD加盟国のうち最も規模の大きい20カ国だけでも、賦課方式及び確定給付型公的年金基金の給付債務に、78兆米ドルの資金不足を抱えている。この不足額は、決して少額ではない。20カ国の国債を合わせた額の約1.8倍にも相当する。

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 個人年金もまた盤石とは言えない。例えばアメリカの個人年金は、(全体で)給付債務を果たすために必要となる資金の82%しか調達できていない。金額で言えば、3兆米ドルが不足していることになる。世界の金融システムにおけるアメリカの経済及び金融市場の重要性を考えれば、決して軽んじてはならない問題だ。

 イギリスの年金業界もまた危険な状態だ。2017年3月時点では、業界全体で67.7%の資金しか調達できていない。これは7,362億ポンドの赤字に相当する。

 これらの数値を検討していくために、金融危機発生前の大手銀行の時価総額が、年金基金の赤字額より少なかったことを思い出してほしい。例えば2007年におけるロイヤルバンク・オブ・スコットランドとロイズ・バンキング・グリープの最高時価総額は、それぞれ640億ポンド、330億ポンドとなっている。しかしそれから2009年末までの間に、イギリス政府は、イギリスの銀行業界を崩壊の危機から守るための救済措置に、8,500億ポンドを投入しなければならなかった。

◆世界的な問題
 では、年金基金の資金不足という問題が、年金提供者個人の問題でも各国の問題でもなく、世界的な問題となるのはなぜだろう。単純明快な答えとしては、赤字額がかつてない程の規模であること、問題に巻き込まれている国々の経済的重要性が高い事が挙げられる。

 もう少し深く掘り下げると、これ以外にも複合的な問題がある。年金業界の構造は複雑だ。世界各国の年金業界が相互に関連し合っている上に、かなり長期的な債務を扱う。しかし年金に対する規制や政策には各国で大きな違いがあるため、世界が一丸となってこの問題に取り組むというのは難しい。

 さらに年金業界は、保険や銀行業界と同様、モラル・ハザードの問題や、「大きすぎて潰せない(too-big-to-fail)」ため何かの破たんが生じても自ら修復する必要がないという問題を抱えているにも関わらず、保険や銀行業界に比べるとずいぶん緩い規制が適用されている。

 事態をますます悪化させているのは、企業が利益よりもリスクを最小限に抑えることを選び、年金債権を保険会社に売る傾向があることだ。2014~2016年の間に、イギリスだけでも680億ポンド相当の年金債権が企業から保険会社に譲渡された。年金業界が世界の保険業界との関係をますます強めるほど、金融システム全体が崩壊する可能性が高まっている。

 このような債権の売却により、極めて重大な経済的影響が及ぶ可能性がある。ある企業が保険会社に年金債権を売却する場合、相当額の譲渡手数料を支払わなければならない。手数料が資金総額の30%を超えることもよくある。それだけの資金があれば、手数料に使うのではなく、投資や研究・開発に投入し、ここ数年落ち込んでいる生産性を向上できたはずだ。

 一度売却された債権がどの程度規制され、保護されるのか明らかになっていないため、年金債権の譲渡が我々の年金収入にどのような影響を及ぼすかもわからない。例えばバークレイズは、284,000人分の年金債権を高リスク部門に譲渡したが、これにより年金資産は2025年以降リングフェンスされなくなる。保険市場も保険市場で大きな問題(気候変動に起因する問題など)を抱えていることを考えれば、債権の譲渡は多額の年金をもう1つの高リスク産業に預けたも同然だ。

 一連の問題に取り組むためには、世界的な規制の強化に向け動き出さなくてはならない。規制当局が確固たる姿勢で迅速に対応しなければ、救済措置の負担はまたも納税者が負うことになる。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by t.sato via Conyac

The Conversation

Text by The Conversation

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