TPP大筋合意の舞台裏 「ドタキャン」したトルドー首相の作戦勝ち?

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 APEC(アジア太平洋経済協力会議)出席に合わせ、ベトナムのダナンに集まっていたTPP参加11ヶ国は、10日に予定していた首脳会合で大筋合意を確認する予定だったが、カナダが難色を示したため延期された。再度協議後、最終的にはカナダも同意し、11日に大筋合意が正式に発表されたが、トルドー首相の土壇場での異議は関係国の代表やメディアを戸惑わせた。首相の真意を、カナダ紙が解説している。

◆事前に不満を表明。ドタキャンではなかった
 一部メディアでは、トルドー首相が突然抵抗したかのように報じられているが、トロント・スター紙は、ベトナム入りの前から、カナダ国民のためにならないのであれば合意はしないとシグナルを送っていたと述べ、決して突然のサプライズではなかったと反論している。

 その一方で、11ヶ国での速やかな合意を望む日本とオーストラリアからのプレッシャーをカナダはずっと予期していたと、あるカナダ政府の高官はCBCに話す。日豪を含む数ヶ国は、10日の首脳会合が大筋合意の調印式となることを期待していたという見方もあり、文化、知的財産、自動車分野などで納得できなかったトルドー首相は、ブレーキをかける決断をしたようだ。結局、TPPの貿易担当相らは、トルドー首相の要求に譲歩を示し、カナダは現状TPPに留まることとなった。

◆メキシコは同志。綿密な根回しに安倍首相も慌てた?
 トルドー首相は実は綿密な根回しをしていたと、匿名の関係者がCBCに舞台裏を話している。カナダ・チームには、彼らが求める修正が認められないのであれば、10日の首脳会合で合意するというプランはなかったという。日豪が、約束を果たさなければ他のTPPメンバーを落胆させるとして、カナダに合意するよう仕向けようとしていたが、TPPの内容に不安を感じる他の参加国がいることをカナダは認識していたという。

 その一つが、メキシコだ。ペニャ・ニエト大統領は、厳しいトランプ大統領とのNAFTA(北米自由貿易協定)の交渉でトルドー首相と共闘し、良い関係を築いている。ダナン到着後最初の2国間会談の相手としてペニャ・ニエト大統領を選んだトルドー首相は、事情を説明した。その結果二人は、カナダが調印しないなら、メキシコもしないという約束を交わしたという。

 メキシコとの会談の後、トルドー首相は安倍首相と会談し、予定の倍の時間をかけて意見を述べ、メキシコの立場も説明したということだ。TPP首脳会合の時間が来ても二人の会談は続いたため、共同議長である安倍首相は退席し、待たせていた各国首脳に会合の延期を告げ、トルドー首相はそのまま部屋に残ったという。

 事情を知らなかったソーシャルメディアやニュースレポーターから、会合に出席しなかったとして、トルドー首相は厳しい批判を受けたとCBCは報じている。トロント・スター紙によれば、豪紙は、姿を見せなかったことで土壇場で「破壊工作」をしたとし、ニュージーランド紙も、トルドー首相の「連絡なしの予約キャンセル」がTPP会合を無期限に遅らせたと報じた。

◆国益第一。トランプ大統領へのメッセージか?
 カナダのグローブ・アンド・メール紙は、「ひどい協定を結ぶくらいなら無しのほうがいい」とし、トルドー首相を支持する。そもそも、カナダはTPPには遅れて参加しており、基本の枠組みやいくつかの条項はすでに決まっていた後だった。前政権でアメリカが参加する協定の外にいることはリスクだとして参加を決めたが、アメリカが脱退した今は、当初の戦略的目的はなくなってしまったという。日本との貿易ではいくらか恩恵が期待できるが、すでにメキシコ、チリ、ペルーなどと自由貿易協定を結ぶカナダが得るものはあまりないという。

 もっとも、カナダは最大の貿易パートナーであるアメリカとのNAFTAの再交渉中でもあり、自動車分野では厳しい条件を突きつけられている。トルドー首相は、「経済的利益を多様化させる過程にあることを見せることで、TPPがNAFTAの交渉における助けになるだろう」、「どんな合意でも受け入れるわけではなく、カナダの国益になるまで待つということを示すとき、我々への信頼も高まる」と発言しており(トロント・スター紙)今回の行動を、アメリカに対するメッセージとして利用する意図もあったようだ。

 グローブ・アンド・メール紙は、トルドー首相がTPP首脳会合に出なかったことは、スケジュール上のミスだとしながらも、反則すれすれの駆け引きで協定から立ち去ることも辞さないという姿勢を見せたことで、勝利を勝ち取ったと讃えている。

Text by 山川 真智子