円安で「国内生産回帰」進むか? “20年前とは状況が違う”と海外識者指摘
アベノミクスによる円安の影響で、海外に生産拠点を移した日本企業の「国内回帰」が進んでいる。複数の海外メディアも、ビジネスニュースなどでこれを報じているが、海外識者の多くは、国内の賃上げや内需拡大にはつながらないと、比較的冷静に見守っているようだ。
◆要因に中国の「地政学的リスク」も
WSJは、日本企業が再び「メイド・イン・ジャパン」の売り込みを始めたと、キヤノン、パナソニック、シャープなどの動きを報じている。キヤノンは、カメラ、コピー機、プリンター、医療機器の国内生産を増やす予定で、3年以内に全社的な国内生産率を現在の約40%から2009年水準の約60%に上げたいとしている。パナソニックは、食洗機とエアコンの大部分の生産を今春から日本に戻す計画。シャープは、空気清浄機と冷蔵庫、テレビの生産の一部を中国から国内へ移す方針だ。ソニーも国内工場への大規模な投資を発表している。
また、ダイキン工業は、既に生産の一部を中国から国内に移しているが、WSJによれば、同社の井上礼之会長は、今後さらに国内生産の割合を増やす可能性も示唆している。井上会長は「我が社は円安をアドバンテージに変える大きな可能性を見据えている」と、コメントしている。
スイスの金融機関UBSのエコノミスト、青木大樹氏は、「円が下がり初めてからタイムラグがあったが、1年以上経った今、製造業を中心にようやくビジネスプランの変化が見え始めた」と指摘している(WSJ)。ドイツの国際放送局『ドイチェ・ヴェレ』(DW)は「国内回帰」の理由に、円安、中国・東南アジアの人件費高騰と併せて、中国の反日暴動などの「地政学的なリスク」も挙げている。
◆海外生産のメリットも「まだ多く残っている」
大手家電メーカーを中心に「国内回帰」の動きがある一方、自動車メーカーは追随しないという見方が強いようだ。自動車は一つの車種の生産サイクルが5年から10年程度と家電に比べて長く、短期的な要因で生産拠点を移すリスクが高いことや、海外市場の割合が高いために現地生産のメリットが大きいことがその理由だという。
WSJは、その証拠に、ホンダは一部のミニバイクの生産を日本からベトナム、中国へ移す計画で、トヨタの豊田章男社長は、新年会で国内生産にシフトする予定はないと語ったと記す。また、中国でスマートフォン用部品などのシェアを伸ばしている村田製作所のように、海外生産の割合を上げようとしている企業のケースも紹介している。
富士通総研のシニアエコノミスト、マーティン・シュルツ氏はDWで、「円安が(国内回帰の)大きな要因となったことは明らかだ」としながら、「一方で、多くの日本企業では世界市場に目を向けた構造改革が進んでいる」と分析。「コストカットの時代は終わった。比較的現金を多く持っている日本企業は、新たな投資の機会を窺っている」と、今の動きが必ずしも内需の拡大を期待してのものではないと見ている。WSJも、「経済が停滞し、高齢化する日本は成長のみ込みが少ない」とし、今後の日本企業のメインターゲットはあくまで海外市場であり、海外生産のメリットは「まだ多く残っている」と記している。
◆企業の多国籍化
東京を拠点に活動する経済コラムニスト、ウィリアム・ペセク氏は、ブルームバーグに寄せたコラムで、アベノミクスの円安戦略に疑問を投げかけている。同氏は、「官僚と企業家が手を取り合っていた20年前ならば効果があったかもしれないが、今の日本の大手企業は(政府の戦略に)乗ってきていない」と見ている。
その理由は、自動車メーカーなどの大手からはもはや「日本企業らしさ」が消え、企業活動の基準も多国籍企業と同様になってきているからだという。「例えば、北米で収益の半分以上を挙げるホンダが海外企業化すればするほど、日本と日本の労働者に投資する動機は下がる。その金でアメリカに工場を作ったり、米議会にロビー活動するほうが良いと主張する者も多いだろう」と、ペセク氏は述べている。
※本文中「キャノン」は「キヤノン」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。本文は訂正済みです。(1/23)