『トイ・ストーリー5』レビュー おもちゃの時代は終わったのか ★★★☆

『トイ・ストーリー5』の一場面。ジョーン・キューザックが声を担当するジェシー|Pixar-Disney via AP

 『トイ・ストーリー』シリーズは、『スター・ウォーズ』やマイケル・ジョーダンのワシントン・ウィザーズでのプレーと同じように、「正史(カノン)」の問題を提起する。

 最初の3作品は、ほぼ完璧な三部作だ。寝室でのおもちゃ遊びから大学進学まで、魔法のような時間から喪失まで、ひとつの子供時代を描き切ったシリーズである。そのスケールは一見すると壮大ではなかった。物語の舞台は近所のピザ店やアルのトイ・ストアを大きく離れることはほとんどなかった。しかし、子供時代と親であることの痛みの双方に鋭く寄り添った最初の3作品は、まるで無限の彼方まで広がっているかのようだった。

 だがもちろん、現代ハリウッドのフランチャイズ運営において、物語の美しい完結は不変の原則ではない。1998年のジョーダンのほとんど引退を告げるかのようなジャンプシュートと同じくらい完璧な結末だった『トイ・ストーリー3』から9年後、『トイ・ストーリー4』が公開された。同作はあっさり10億ドルを稼ぎ出し、『トイ・ストーリー』の美しく紡がれた物語を打ち壊した。そして、『トイ・ストーリー』における「ワシントン・ウィザーズ時代」と言うべき『バズ・ライトイヤー』については、あまり語らない方がいいだろう。

 それでも、ひねくれた私の心がどれほど『トイ・ストーリー4』を拒絶したがっても、かなり良い作品だったことは認めざるを得なかった。フォークのフォーキー役を演じたトニー・ヘイルや、ぬいぐるみのダッキー&バニーを演じたキー&ピールを前にしては、高説を垂れ続けるにも限界がある。

 そして『トイ・ストーリー4』には、それなりに筋の通った主張もあった。もし最初の三部作が「子供が大人になれば物語は終わる」と示唆していたのだとすれば、4作目は子供が巣立った後の親のような立場になったウッディの物語だった。トム・ハンクス演じるカウボーイとアニー・ポッツ演じるボー・ピープは、アンディがいなくなった後も人生は続いていくことを知る。まるでフロリダへ移住したかのようなものだ。

 ここまで長々と語ったのは、『トイ・ストーリー5』もまた人類に対する罪であり、同時にかなり良い作品でもあると言いたかったからだ。最初の3作品には及ばず、おそらくシリーズ中で5番目に優れた作品という位置づけになるだろう。しかし『トイ・ストーリー』シリーズの基準は極めて高い。1995年の初代『トイ・ストーリー』から携わるピクサーの重鎮アンドリュー・スタントンが監督・共同脚本を務めた本作にも、長年ピクサーを特徴づけてきた品質と思慮深さが色濃く表れている。

 最新作には基本的な魅力がいくつもある。今回はジョーン・キューザック演じるカウガールのジェシーがより中心的な存在となっており、彼女は相変わらず愉快だ。スカーレット・スピアーズが声を担当するボニーも実に愛らしく、アンディより魅力的と言っていい。(アンディ、ごめん。)

 そして何より、本作の宣伝でも大々的に打ち出されている「おもちゃ対テクノロジー」という構図がある。『トイ・ストーリー5』は、子供にとっても親にとっても非常に共感しやすい対立を土台にしている。

 『トイ・ストーリー5』では、タブレット端末は『2001年宇宙の旅』で骨が武器となった時と同じくらい不吉に登場する。ボニーの両親は、娘が仲間外れにされることを恐れ、ついに折れて「リリーパッド」のリリー(声:グレタ・リー)を買い与える。

 ボニーがお泊まり会にリリーを持参すると、地下室の窓からのぞいていたおもちゃたちは、子供たちが「ただ座っているだけ」であることに愕然とする。そして警報が鳴り響く。

 「おもちゃの時代は終わった!」

 近くにいた見捨てられたおもちゃが悲鳴を上げる。さらに後には、恐竜のレックス(声:ウォーレス・ショーン)が「絶滅だ! またかよ!」と叫ぶ。

 『トイ・ストーリー』の世界でも現実世界と同様に、「スクリーンタイム」の到来はまさに破局的な出来事として描かれる。もちろんこれは近年のアニメ映画でも繰り返し扱われてきたテーマだ。『ミッチェル家とマシンの反乱』や『ロン 僕のポンコツ・ボット』などがその代表例である。

 しかし、『トイ・ストーリー』でこのテーマを扱うことにはさらに大きな意味がある。それはピクサーがベイエリアを拠点とするデジタルアニメーションの先駆者だからというだけではない。これらの作品は子供時代を見事に描いてきたため、まるで私たち自身の記憶の一部のように感じられるからだ。そしてスクリーンが成長過程にどれほど深く入り込んでいるかを考えれば、このパラダイムシフトの物語は『トイ・ストーリー5』に、多くの続編が持ち得ない「存在する理由」を与えている。

 リリーはおもちゃたちだけでなく、8歳のボニーにとっても脅威だ。彼女はすぐにおもちゃで遊ばなくなり、端末に依存するようになる。それが悲劇的に感じられるのは、ボニーがさらに孤独になっていくからだけではない。彼女が周囲に合わせるためにそうしているからだ。まるで伝染病のように、他の子供たちも誰一人としておもちゃで遊んでいない。

 人間がおもちゃたちの動く姿を決して目撃しないというのは、『トイ・ストーリー』シリーズおなじみのギャグである。しかし今回は本当に不気味な場面がある。冒険が本格化し、小さなおもちゃの一団が家の中を近道して進む場面だ。家の中にいる人々は全員スクリーンに夢中で、誰ひとり彼らに気付かない。

 『トイ・ストーリー5』にはZoom会議中の親も登場し、幼い子供たちの世界で起きるネットいじめのような出来事も描かれる。ボニーのリリーパッド体験の余波で、ジェシーとブルズアイは、ジェシーの最初の持ち主だったエミリーがかつて暮らしていた農場へ送られる。そこには現在、馬が大好きで創造力豊かな9歳の少女ブレイズ(マイカル・ミシェル・ハリス)が住んでいる。

 おもちゃたちの存亡の危機に対する答えは難しくない。子供同士を遊ばせる約束、いわゆる「プレイデート」だ。

 ボニーとブレイズを引き合わせることが、ジェシーとおなじみの仲間たち(訪問中のウッディも含む)、そしてブレイズの迷子のおもちゃたちによる救出作戦となる。その中には、子供用おまる(コナン・オブライエン)、カメラ(シェルビー・ラバラ)、GPS搭載のカバ(クレイグ・ロビンソン)といった、単三電池で動く初期世代デバイスの一団もいる。

 その後に続くアクションは予想どおり楽しい。デモモードのバズ・ライトイヤー軍団(声:ティム・アレン)が登場する場面もある。たとえ(また嫌味な言い方をすれば)最高峰の『トイ・ストーリー』ではないとしても十分に魅力的だ。

 しかし、この物語の結末で最も説得力を持つのは、クレヨン画風のアニメーションで描かれる、子供らしい純粋な遊びの瞬間だ。ボニーやブレイズの想像力から生まれたこれらの場面は、子供たちだけでなく大人たちにも、「自分で楽しみを生み出そう」と呼びかける素晴らしいメッセージになっている。

 『トイ・ストーリー』シリーズは成長についての物語だ。そしてそれは、おそらく最初の三部作にそこまで固執する必要はなかったのだと気付くことでもある。

 結局のところ、本当に譲れない主張とは「最高のピクサー映画は『レミーのおいしいレストラン』である」ということなのだから。

 『トイ・ストーリー5』はウォルト・ディズニー・ジャパン配給で、7月3日に全国公開される。上映時間102分。AP通信の評価は4つ星中3つ星。

By JAKE COYLE AP Film Writer

Text by AP