「アイヌ」と「津波」 スイスの第11回GINMAKU日本映画祭、高まる日本への関心

©2025 GINMAKU, Filip Stropek

 今年もスイス・チューリッヒではGINMAKU日本映画祭が開催された。毎年この時期を楽しみにしているファンも多いが、今年はさらに「日本を知りたい欲求」に火をつけた。

◆日本人もよく知らないアイヌ
 今年のオープニングは5月28日、アイヌに関する映画である『アイヌモシリ』と『アイヌプリ』の2本が上演され、両作品の監督である福永荘志氏の質疑応答が行われた。

 福永監督は北海道の出身だが、アイヌの歴史を知ったのは、アメリカに留学してからだったという。それ以来、アイヌをテーマにした映画を撮ることが夢となり、「本当のアイヌの人たちと映画を撮りたい」と、プロの俳優ではなく一般の人々をキャストに起用した。その選択が最大限の効果を発揮し、自らのルーツと向き合いながら生きる現代のアイヌの人々の生活を忠実に描いたフィクションとして、芸術的な臨場感を生み出している。

AINU MOSIR © AINU MOSIR LLC / Booster Project

 そして次に福永監督は、その撮影中に出会った漁師に焦点を当てた映画を作りたいと考え、最新作『アイヌプリ』の撮影に取りかかった。どの場面を残し、どこをカットするのかなど、アイヌの人々への敬意を損なわないように編集するのに苦労したという。本作は、アイヌ文化に直接触れられる貴重な資料であると同時に、伝統の継承やアイデンティティをめぐる葛藤にも触れながら、温かな視点で描いた等身大のドキュメンタリーとなっている。

© 2024 Takeshi Fukunaga/AINU PURI Production Committee

 質疑応答は英語で活発に行われ、アイヌ民族とアメリカ先住民の共通点に言及する声が多く聞かれた。筆者も会場で、「日本人として、どれだけアイヌについて知っているのか」と問いかけられ、それまで漠然としか意識していなかったことに、自分でも驚かされた。

 本作が今回初めてチューリッヒ大学や日本語学校でも上映されたことで、日本の外からアイヌ文化に興味を持つ人々が増えるだろう。また、スイスには絶滅寸前だったロマンシュ語という言語があるので、アイヌ語との共通点を感じたのかもしれない。ロマンシュ語は、『アルプスの少女ハイジ』が話していた言語として知られ、現在ではスイス人の0.5%の4万人弱しか話していないが、学校教育で保護されたことにより絶滅を免れたという背景を持つ。そうした事情とも重ね合わせて鑑賞したという感想も寄せられた。
 
 また、映画の中で、代々自分たちの土地で行ってきた鮭釣りなどについて、今は複数の許可を取らなければならない現状に対し、あるアイヌの人が「違和感を覚える」と語る場面がある。そこで「これまで水道の蛇口をひねって当たり前に水を使ってきたのに、突然許可を得ないと蛇口をひねれない状況になったようなもの」と表現した比喩が、「知らないでは済まされない」という強いメッセージとして印象に残った。
 
◆TSUNAMI
 あまり知られていないアイヌをテーマにした映画とは対照的に、誰もが知る東日本大震災を扱った映画も上映された。2011年以降、「TSUNAMI」という言葉は世界中で通じるようになったが、その津波で大川小学校6年生だった妹を亡くした佐藤そのみ監督の2作品を観ることで、初めてその喪失感を疑似体験できたのではないか。1本目の『春をかさねて』は、監督自身の体験をもとに描かれたフィクションで、癒えることのない傷を抱えながらも前を向く姿を高校生の視点を通して見せてくれる。

佐藤そのみ監督

 佐藤監督は2009年頃から映画に携わりたいと考えていたが、2011年の震災以降、遺族として取材を受ける立場になり、つらい経験もしたことから、当初はドキュメンタリーを撮るつもりはなかったという。しかし、フィクション作品を完成させたことで、実在する人々にカメラを向ける勇気が湧き、亡き妹に宛てた手紙を散りばめたドキュメンタリー映画『あなたの瞳に話せたら』が生まれた。

If these letters reach your eyes

 GINMAKU日本映画祭の主催者は日本で開催されているヘルヴェティカ・スイス映画祭も手掛けており、スイスと日本をつなぐ架け橋役を担っている。その映画祭が昨年開催された神戸の元町映画館で佐藤監督の映画が上映されたことがきっかけで、映画館の推薦で知り合ったのだという。そんなエピソードを聞くと、元町映画館にもスイスから感謝したい気持ちになる。

元町映画館

◆2つの映画祭の歴史
 今年で3回目となるヘルヴェティカ・スイス映画祭は、今年も元町映画館で11月22日から開催される。

Helvetica Swiss Film Festival

 両映画祭の主催者である松原美津紀氏は、2014年にGINMAKU日本映画祭を立ち上げた。その翌年には開催予定だった映画館が火災で閉鎖されるトラブルに見舞われ、さらにコロナ禍などの苦難に直面したが、そうした困難を乗り越えてきた。その上、GINMAKU日本映画祭が軌道に乗るとすぐ、日本での映画祭開催にも着手した。「一人っ子の自分は、子供の頃、映画が友達だった。そんな映画を通じて母国・日本と居住国・スイスを結びたい」という思いのもと、手作りで模索する松原氏の姿にファンも多く、クラウドファウンディングも支持されている。

 今年のGINMAKU日本映画祭では、前述の作品以外にもドキュメンタリーから劇映画まで多彩なジャンルの全16作品が上映された。市川崑監督による不朽の名作『ビルマの竪琴』(1956年)から、日越外交関係樹立50周年を記念して制作された『ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛』、8年の歳月をかけて制作された、浅草の新人浪曲師の姿を追う『絶唱浪曲ストーリー』などのドキュメンタリーに加え、日本での劇場公開は未定というリリー・フランキー主演の貴重な作品『Diamonds in the Sand』や、役所広司主演で実在の元殺人犯の再出発を描いた『すばらしき世界』などが並んだ。

 来場者の中には、ドイツやイギリスからこの映画祭のためにスイスに訪れた熱心なファンの姿もあり、すでに12年目となる来年の開催日を尋ねる声も聞かれたという。次回の開催は、2026年5月26日(火)〜31日(日)、チューリッヒの映画館Riffraff & Houdiniにて予定されている。

 映画という、その時の日常を映しやすい媒体を通じて、日本とヨーロッパが時空を超えてつながる――そんな歴史を、これからも刻んでいって欲しい。

在外ジャーナリスト協会会員 中東生取材
※本記事は在外ジャーナリスト協会の協力により作成しています。

Text by 中 東生