プーチン氏の手に渡らなかったラフマニノフ邸、生誕150周年に一般公開

セナール邸|@Yannick Roeoesli

◆芸術的遺産に国籍はない……
 祖国ロシアが戦時下というタイミングでのラフマニノフ展ということもあり、ラフマニノフと同じ地方出身ということで、ピアニストのセルゲイ・タニンをセナール邸に招き、心の襞を探る番組が作られた。この番組は展示会場で視聴することもできる。2018年にゲザ・アンダ国際ピアノコンクールで第3位と聴衆賞を受賞した直後にドキュメンタリー番組を制作した縁もあってのことだろう。同郷の偉人への共感と音楽的憧憬を映し出し、そのうちインタビュアーは徐々に現実へ目を移すような問いかけを始める。タニンはロシア政府の起こした戦争行為を恥じつつ、ロシア国籍しか持たない者の焦りも吐露し、祖国ロシアへの郷愁もにじませる。その姿がラフマニノフとダブって見えた。インタビュアーの「それでもラフマニノフの時代にロシアは『善』の方についていた」という言葉を借りれば、現在加害国となっているロシアの国民であるタニンはラフマニノフ以上に苦しんでいるかもしれない。

 もっとも番組はロシア側のプロパガンダとも取れる。しかし筆者は、「音楽に国境がない」のならば「芸術的遺産に国籍はない」と叫びたい。とりあえずラフマニノフの遺産が永世中立国スイスで保管されることに安堵するとともに、曾孫の世代のラフマニノフ財団がロシアと縁を切ると公言したことで(ルツェルン紙、2022年4月8日)、折角近づいてきた祖国との関係が、4代後にまた背中合わせとなるラフマニノフの数奇な運命に同情せざるを得ない。

セナール邸でくつろぐセルゲイとナターリヤ

在外ジャーナリスト協会会員 中東生取材
※本記事は在外ジャーナリスト協会の協力により作成しています。

Text by 中 東生