プーチン氏の手に渡らなかったラフマニノフ邸、生誕150周年に一般公開

セナール邸|@Yannick Roeoesli

◆セナール邸のその後
 ラフマニノフはアメリカでも大成功を収め、ビバリーヒルズに建てた自宅で1943年に没したが、妻のナターリヤは終戦後、セナール邸に戻っている。その後、相続人である孫のアレクサンダーは、ラフマニノフ作品を保持していくための財団を設立した後、2012年に他界した。彼の4人の子供たちが相続人ではあるが、その責務を背負っていくのが難しくなり、売却される可能性も囁かれていた。その買い手候補にはロシアのプーチン大統領も名を連ねていた。

 ザンクトガレン日報(2013年10月30日付)は「アレクサンダー・ラフマニノフがデニス・マツーエフに、セナール邸で祖父のグランドピアノを使って『知られざるラフマニノフ』というCDを録音するよう直々に指名した。2008年にマツーエフはラフマニノフ財団の芸術監督に命名された」「マツーエフは『私が2013年10月2日、クレムリンでの文化諮問委員会でセナール邸の活用について議題にしたことは周知されている。大統領は非常に注意深く私の話を聞いてくれた(後略)』と述べている」と報じている。

 マツーエフは2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻により、招聘(しょうへい)拒否アーティストリストのトップの1人に挙がったのは記憶に新しい。

 プーチン大統領はラフマニノフ愛好家とされており、一時は「売却が完了しているのでは」と囁かれたが、遺言に明記されていた「公開」の執行がネックとなり、交渉が続いていたようである。結局、ルツェルン州が1億5500万スイスフラン(約255億円)で買い取ることが2021年12月の州議会で決議された。

 そうして2022年7月から始まった修復によりセナール邸はオリジナル色に戻った。現在、邸内にいつでも簡単に入れるわけではないが、その2万平方メートルの庭とテラスには、暖かい季節の晴れた日曜日に限り、11時〜17時まで誰でも入ることができる。

◆『ルツェルンのラフマニノフ』展
 2024年1月14日までは、ハンス・エルニ美術館内で展示されている『ルツェルンのラフマニノフ』展を見てからセナール邸を訪れたい。まるでラフマニノフがまだ生きているかのように、写真やレコード、楽譜や演奏会プログラムなどが陳列され、スーツや書斎机も間近で見ることができる。そして家族とともに写るラフマニノフの素顔も垣間見られるのは貴重な体験だ。

ラフマニノフが着ていたスーツ。彼の大柄な肢体が実感できる

セナール邸で降りてきた数々のインスピレーションを書き留めた机も展示されている

Text by 中 東生