“日本イベント”に沸いたスイス 日本人の忘れた「宝」に鋭い視線

◆グラフィック展覧会に見る審美眼
 所変わってチューリッヒでは、アインシュタインも学び・教えた連邦工科大学で、日本と中国のアーティストによる木版画を含むグラフィックコレクションが118年ぶりに一般公開されている。『オンライン・カルチャー』によると、1904年10月18日付の当時の新聞(ノイエ・ツルヒェル紙)は東アジアの作品について、「素晴らしい的確さと洗練された線の運び、繊細な趣味の色合いと、(対象物を)うまくとらえて鮮やかに生き生きと表現している。見えたままを素早くとらえ、その場に留めている」と驚きをもって報じている。

 そして今回の展覧会のカタログには「118年後の現在、これら日本の色木版画が現代美術史の幕開けに決定的な意義を与えたことは共通認識となっている」と記されており、会場でもマネ、ドガ、ロートレックなどの西洋画家たちに与えた影響がわかりやすいように展示されていた。また、それらを鑑賞するスイス人たちが、当時の日本人の自然や美へ対する温かい眼差しを感じ取っていたのにはビックリした。当の日本人はこうした審美眼をいつの間にか失い、自然や美に癒されることもなく、何世代もただ通り過ぎてきたのではないか。

◆細川俊夫が研ぎ澄ます日本の音の世界
 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の今シーズンのクリエイティブ・チェアには、現在の日本を代表する作曲家、細川俊夫氏が選ばれた。そして、9月14日のシーズンオープニングコンサートで細川氏の新曲、フルートとオーケストラのための「セレモニー」が世界初演されたが、そこで表現された日本の侘び寂びや、あの世との境界線を難なく越えて行き来する日本的なシャーマニズムの世界を、スイス人が深く理解していたのには驚いた。ノイエ・ツルヒェル紙も9月16日付で絶賛し、「なんと記念すべき幕開けなのだろう!」と感嘆符で結んでいる。

左からフルート奏者エマニュエル・パユ、細川俊夫、P・ヤルヴィ音楽監督|©Gaëtan Bally

 3日連続でホールを埋めたその公演の後、長年日本文化の紹介を担ってきたリートベルク美術館では細川氏を招いたイベントが開かれ、館長との対談を通して、彼の作曲過程が書の世界と通じている様が語られた。当地で長年活躍している書家クロッペンシュタイン翠秀氏の『黙Schweigen』という作品を選び、筆の掠れる部分を「風」にたとえる細川氏の説明に、前述のフルート協奏曲での寂れた音が耳によみがえってくる。その後、書道の動きが音で表現された弦楽四重奏曲《書(カリグラフィー)》が演奏された。日本にはこんな研ぎ澄まされた聴覚と視覚の世界があったのだ、と気づかされる。

新曲の楽譜を見せながら説明する細川氏

Text by 中 東生