「世界一高額な音楽祭」の権力闘争、勝ったのは誰?
◆去り行く敗者?
ザルツブルク祝祭劇場では4月9日、ワグナーの楽劇「ローエングリン」初日の幕が上がった。そこに流れた音楽は紛れもない超一流のドイツ音楽だった。観客はオーケストラピットに入るティーレマンに大きな拍手を送り、幕が進むごとに熱を帯びていった。その喝采には彼が率いるシュターツカペレが奏でた10年間の功績に対する感謝と賞賛と喪失感が入り混じっていた。この晩の勝者は確かにティーレマンだった。権力争いでは負けても、音楽の力で勝利を勝ち取ったのだ。
休憩中に劇場前を歩くバッハラー氏に会った。以前対面インタビューをしたのだが、そんな下々が挨拶しても心ここに在らず、孤独に支援者を探しては挨拶して回っているようにも見えた。
来年はアンドリス・ネルソンスが楽長を務めるライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、再来年はアントニオ・パッパーノ音楽監督率いる聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団が招待されるが、たった1年でこれだけの完成度を聴かせるのは不可能に近いであろう。そしてその時、勝者であるバッハラーは勝者であり続けられるだろうか。
争い事の勝敗は、それが終わった時ではなく、その後長い目で見ないとわからない。ただ失ったものは戻らず、破壊されたものを再建するには長い時間を要するだろう。平和が戻って来ることを願ってやまない。
在外ジャーナリスト協会会員 中東生取材
※本記事は在外ジャーナリスト協会の協力により作成しています。