「世界一高額な音楽祭」の権力闘争、勝ったのは誰?

ザルツブルクの街並み

「世界一高額な音楽祭」と言われるザルツブルク・イースター音楽祭の権力争いにより、「敗者」が去った。10年間芸術監督を務めた指揮者のクリスティアン・ティーレマンが、ニコラウス・バッハラー新総裁に追い出された形となったのだ。しかし、ティーレマンが当音楽祭で指揮した最後のオペラで彼は「音楽的勝者」として刻印された。政治的な目的が背後にちらつくなか、バッハラー総裁は「勝者」であり続けられるだろうか。「世界一」を誇る音楽の街、ザルツブルクでの権力闘争を検証してみたい。

◆ザルツブルクでの音楽祭の歴史
 オーストリアのザルツブルクはモーツァルトの生誕地として知られているが、20世紀の音楽界を牽引した指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンの故郷でもある。1967年にカラヤンが私財を投じて創設したイースター音楽祭は、夏に行われるザルツブルク音楽祭と並ぶ世界的な音楽の祭典だ。公の資金援助を受けずに運営しているため、「世界一高額な音楽祭」とも呼ばれている。そのイースター音楽祭で創始以来初めて、権力闘争が公になったのは2018年のことだった。

ザルツブルク・イースター音楽祭50周年記念に掲示された、演技指導をするカラヤン(右)の写真

 イースター音楽祭の売りは、交響曲専門のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が奏でるオペラを聴ける、という点だったが、2012年に当楽団が続投しないと発表し、音楽祭自体の存続も危ぶまれた。そこに登場したのがクリスティアン・ティーレマンだ。彼はカラヤンのアシスタントだったこともあり、創始者の志向に一番近い指揮者と言える。彼が首席指揮者を務めるシュターツカペレ・ドレスデン(ザクセン州立歌劇場管弦楽団)はベルリン・フィルの穴を見事に埋め、2013年から当音楽祭を支えてきた。

シュターツカペレ・ドレスデン(ザクセン州立歌劇場管弦楽団)を指揮する
クリスティアン・ティーレマン|©OFS/M.Creutziger

Text by 中 東生