エジルのウイグル弾圧批判 アーセナルが距離を置き、中国が様子見する理由

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◆政治的信条より市場を優先、沈黙のアーセナル
 多くのメディアが、アーセナルがヒューストン・ロケッツの事件を教訓に中国に忖度し、エジルから距離を置こうとしたと見ている。SCMPによれば、中国も含めたソーシャルメディアにおいて、アーセナルのエジルに関するコメントは微博でしか発表されていないという。

 WSJによれば、プレミアリーグの放映権の最大の買い手は中国で、現在3年で7億ドル(約763億円)の契約を結んでいる。アーセナルもずっと中国市場を狙っており、2011年以来プレシーズンツアーを3回行っている。微博では500万人のフォロワーを獲得し、近々中国にテーマ・レストランのチェーンを開店する計画だ。アーセナルは、週末をはさんでもさらなるコメントは控えており、チームのオーナーもほかの選手も沈黙を守っているという(WSJ)。

◆NBAでは行き過ぎだった? 意外に寛大な中国
 中国のファンの怒りとは対照的に、中国政府の対応は比較的冷静だ。15日に予定されていたアーセナルとマンチェスター・シティの試合は放映されなかったが、ほかのプレミアリーグの試合は通常通り放映された。またNBAのときのように、申し合せたような、嫌がらせキャンペーンの兆候もないという(WSJ)。

 NBAのときは辛らつだった政府系メディアも、抑制を求めている。愛国主義的傾向の強いグローバル・タイムズ紙でさえ、エジルのコメントは批判すべきだが、些細なすぐ治る打ち身のようなもので、事件にする必要はないと述べている。中国外交部の報道官も、エジルはフェイクニュースにより目が見えなくなっているとし、「別の」新疆を見るために中国に来るのを歓迎すると、余裕の発言をしている(WSJ)。

 WSJは、NBAの事件はアメリカ人に香港の抗議運動のニュースをより大きく伝えることになっただけだったとして、もうあの規模の大きな騒動はいらないという中国側の本心が、こういった反応に現れているのではないかと見ている。

◆今後も増える? 選手の政治的立場表明
 今後も同様の事件が起きる可能性があると見る英インデペンデント紙は、プレミアリーグは多くのムスリムのスター選手を抱えており、香港の抗議運動の現状を見ても、選手たちが中国への政治的不満をぶちまける理由はたくさんあるだろうとしている。スポーツが政治的主張を媒介するのはよくあることで、国家斉唱の際に膝をついて人種差別に抗議したNFLのコリン・キャパニックや女子サッカーのミーガン・ラピノーなどを例に上げている。

 もっとも、政治的にアクティブなのは、エジルも含めキャリアの後半に入った選手に多いとする。キャリアのピークでは自身の価値を傷つける可能性もあるため、なかなか政治的立場を明確にする選手はいないということだ。

 同紙は、アーセナルに限らず多くのプレミアリーグのチームには、第二次大戦後の深い経済的社会的苦痛が育てたコミュニティ精神がなければ、いまの成功はなかったとする。だからこそ選手の政治的精神を、目先の利益のためにリーグが取り締まるべきではないとしている。

Text by 山川 真智子