“世界初の小説”として欧米で人気の『源氏物語』 解釈もアップデート

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◆人間の本質を鋭く描き、世界的な文学に
 キーン氏もしばしば述べてきたように、『源氏物語』の海外での評価は、日本人が感じている以上に高い。その最大の理由はテーマの普遍性にある。主人公・光源氏の恋愛や貴族社会での栄枯盛衰を通して、成功と挫折、没落と更生といった人間の道のりを描いているからだ。さらに、心理描写が驚くほど精緻なため現代人でも感情移入しやすい。

 写本を所蔵するハーバード大学発行のハーバード・マガジンはこうした文学性を詳解し、人間の本質をつぶさに描いた記念碑的な作品だと評価する。語り手(視点)を変えていくことで近代小説と似た読書体験も味わえるとし、西洋文学のいわゆる「意識の流れ」との共通点も見出している。また、皮肉や葛藤などの微妙な感情を鋭く盛り込んだ和歌も、感情表現にひと役買っていると指摘した。

◆過去の女性に光を当てる潮流のなか、注目される分析
『源氏物語』には、光源氏が浮名を流した多くの女性が登場する。近年は、多様な女性たちの心情を読み解く向きも目立つ。

 たとえば、光源氏の性愛ドラマの始まりである「空蝉」(第3帖/全54帖)。婚約者のいる17歳の源氏が地方官の後妻・空蝉に求愛し、一度は関係を持つものの、空蝉に逃げられてしまう話だ。アート系メディア『ハイパーアレジック』では、『源氏物語』の研究者メリッサ・マコーミック(ハーバード大)の新著をもとに、源氏の行いを「レイプの美化」だとする解釈を紹介する。その根拠となるのが、和歌で示された感情のうつろいや、衣服が描かれた位置だ。マコーミック氏は日本美術におけるジェンダーとセクシュアリティの研究でも知られ、このような分析はいま、ひとつの潮流となっている。

 紫式部をすぐれた哲学者・思想家として紹介したメディアもある(『ミディアム』)。『源氏物語』は女性の社会的役割や無常観をよく伝えているが、それは作者の仏教哲学に由来するとの見方だ。なお、記事では、すぐれた思想で社会に影響を与えながらも哲学史では軽視されてきた女性を35人紹介しているが、ほとんどが欧米の女性である。

 女性の言葉がかき消されてきた歴史はどの国にもある。そのため、精緻な描写で女性たちの言葉を伝えてきた物語の意義が、いままた注目されているのかもしれない。

Text by 伊藤 春奈