難民の“現実”を体感する『ヒューマン・フロー 大地漂流』 ベネチア5冠のドキュメンタリー
◆観客に一考を迫る
難民の窮状を伝える悲痛なドキュメンタリーである本作に、ロサンゼルス・タイムズ紙はショックを覚えた様子だ。我々も安全を希求する同じ人類であるが、問題が大きすぎるために惨状のすべてに到底理解が及ばない、と同紙は困惑する心情を吐露している。心の底から悲しさを覚えるような事実の数々が押し迫り、忘れ去ることのできない心情を観る者に残す。
芸術美あふれる作品のなかに辛辣なコンセプトを内包している、とワシントン・ポスト紙は紹介する。眼光鋭いアイ氏独自の作風は、映画でも健在だ。情報の伝え方も斬新で、ニュース番組のテロップのように画面上に常時文字が流れている。背景情報から詩文までを常に表示しておく新鮮な手法だ。反対に、場所などのテロップの使用は控えられている。あえてすぐに情報を明かさないことにより、観客に思考を働かせる狙いがあるようだ。
◆権力と戦うアーティスト
監督であり現代美術家として知られるアイ・ウェイウェイ氏について、ワシントン・ポスト紙は、60歳を超えてなお精力的に活動するアーティストとしての顔を紹介している。氏の作品は彫刻、イラスト、写真、映像と幅広く、ときにSNSの投稿さえも政治的メッセージを含んだ一種のパフォーマンスとして認知される。あるときはレゴ作品を通じてメッセージを発することもあるほど、活動は多岐にわたる。あらゆる媒体を通じて意見を発信するアイ氏は今回、映画というフォーマットを通じて難民問題の現実を世に突きつけた。
ニューヨーク・タイムズ紙は、氏の野心的な面を紹介している。実はドキュメンタリー作品のなかには、難民が押し寄せるイタリアの島など、決まりきったロケーションで撮影されるものも多い。しかしアイ氏は、ケニアやマレーシア、イスラエルやヨーロッパ各地の港町などで撮影を敢行した。労を惜しまない姿勢には感服するばかりだ。その甲斐あってか、大きなスケールで迫り来る難民問題の危機感を感じさせる作品になっている、と同紙は評価している。
ベネチア5冠の『ヒューマン・フロー 大地漂流』は、1月12日に日本解禁となる。渋谷区のシアター・イメージフォーラムなどで公開が予定されている。
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