映画批評『ボヘミアン・ラプソディ』 フレディが乗り移ったラミ・マレックの名演

Alex Bailey / Twentieth Century Fox via AP

 観るものすべてを魅了する、パンセクシャル(全性愛者)のロックの神は、どこでそのパワーを得たのか? フレディ・マーキュリーの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、彼の堂々たる威厳の源が意外な場所にあったことを明らかにする。――それは奥歯だ。

 フレディ・マーキュリー(旧名ファルーク・バルサラ)は、生まれつき4本の過剰切歯があったため、口が大きかった。後のクイーンのメンバーに自己紹介する際にフレディ(ラミ・マレック)は、この余分な歯には、挑発的で目立つ出っ歯以上の利点があると説明する。彼の幅広い声域はその口腔によって授けられたのだ。

 歯のおかげかどうかはさておき、その声域の広さゆえ、フレディの声は実際に科学的に研究された。しかし、枠にはまらないことに人生を捧げた男の伝記であるにもかかわらず、随所でステレオタイプに陥る独創性も真新しさも欠くロック伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』(ブライアン・シンガー監督)は、声域についてほとんど描いていない。本作は、観るものを魅了する躍動感あふれるパフォーマーを描いた稀にみる退屈な映画だ。

『ボヘミアン・ラプソディ』は、『ウォーク・ハード ロックへの階段』のデューイ・コックスにさえ鼻で笑われそうなほど中身がない、滑稽なまでにステレオタイプの映画だが、クイーンのフロントマンが完全に乗り移ったかのような、ラミ・マレックの神がかり的でしなやかな演技を堪能できる。それはあたかも、自分の周りで適当に映画製作が行われていることに彼が気付かなかったか、気付いていたとしても、頑としてそれを無視していたかのようだ。

 テレビドラマシリーズ『MR. ROBOT/ミスター・ロボット』に主演し注目されたマレックは、全編にわたりフレディを全身全霊で演じている。マレックにはフレディの声も歯もない(歌とライブのシーンは吹き替えで、義歯を装着している)。しかし、特にステージ上でのマレックの演技は濃密で、自身とフレディとの違いも生ぬるいメロドラマをも超越する。

『ボヘミアン・ラプソディ』が駄作なのは致し方ない 。セットに現れなかったという理由でブライアン・シンガー監督が撮影中に解雇され(当人によると、病気の親を見舞うためだったという)、デクスター・フレッチャー監督に交代した。シンガーは監督としてクレジットされ、フレッチャーは製作総指揮に名を連ねた。

 脚本はアンソニー・マクカーテン(『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』『博士と彼女のセオリー』)に最終的に落ち着くまで、紆余曲折があった。映画は、1985年にウェンブリー・スタジアムで行われたライヴエイドでのライブ開演前からスタートする。そして、あたかもそれがロック伝記映画のお約束とでも言わんばかりに、ロンドン郊外で両親と同居している20代半ばの若き日のフレディに時間が逆行する。

 フレディは、タンザニアのザンジバル島に住むパールシー(ゾロアスター教徒)の家に生まれ、インドの寄宿学校に通うが、彼の血筋や彼がそれから逃れようとする理由はほんの少ししか描かれない。この時点で彼はまだローマ神話の神の名前を名乗っていない(芸名だけでなく本名も『マーキュリー』に改姓した)が、名乗っているも同然だ。

 若きフレディは既に堂々たる風格を漂わせ、タイトなジャンプスーツとグラムロック・アンセムの人生を歩むこととなるのは明白だった。瞬く間にフレディは、かつて勤めていたヒースロー空港の荷物係から、ギタリストのブライアン・メイ(グウィリム・リー)とドラマーのロジャー・タイラー(ベン・ハーディ)にバンドの新しいリードボーカルは彼だと確信させるまでになった。

Alex Bailey / Twentieth Century Fox via AP

『ボヘミアン・ラプソディ』は、人生の要約というよりも、あるときはウィキペディアと完全に一致した、またあるときは巧妙でわざとらしいストーリーから脱線するのを避けるために過程を省略した経歴を、畳みかけるように列挙しているに過ぎない。あれよという間に、クイーンはレコード契約で話題になり(カメオ出演のマイク・マイヤーズが、EMIの重役ロイ・フェザーストーンのパロディを演じる)、そして、ワールドツアー、斬新なコンセプトアルバム、さらにその先へと野心はどんどん膨らむ。観客は、虚飾の栄光を手にしたフレディが突然(そして、おかしなことにいとも簡単に)本当の自分に気付くという印象を受ける。

 HIV感染合併症による肺炎で1991年に45歳でこの世を去ったフレディが、その過激で派手な行動にもかかわらず、私生活ではステージの上のようには自由ではなかったという矛盾が、レコーディング中のシーンで明らかになる。彼は長年のパートナーだったメアリー・オースティン(ルーシー・ボイントン)と、そして彼女と破局後は、フレディの悪行の原因のほとんどを作った極悪非道なパーソナルマネージャー兼恋人のポール・プレンター(アレン・リーチ)と多くの時間を過ごした。

 しかし、映画が主にこだわったのは、スタジオのマジック、バックステージの乱痴気騒ぎ、バンド内の確執、不発に終わるソロ活動、ドラッグ問題、そして音楽伝記映画において最も憎むべき脅威であるディスコの誘惑という、ロックスターのお決まりのコースだ。

『ボヘミアン・ラプソディ』が唯一輝くのは、ありふれた伝記映画のストーリーとストーリーテリングをついに放棄するときだ。映画は(捏造された時間軸にもかかわらず)フレディがAIDSと診断される2年前に開催され、解散寸前だったバンドが再び絆を強めるきっかけとなったライヴエイドでのパフォーマンスをほぼ1曲ごとに再現したライブで締めくくられる。しかし、そのパワーのほとんどは、クイーンの楽曲とフレディが乗り移ったかのようなマレックの堂々たるステージパフォーマンスによってもたらされたものだ。映画『ボヘミアン・ラプソディ』はやっつけ仕事かもしれない。しかし、ラミ・マレックの名演は拍手喝采に値する。

 20世紀フォックス配給『ボヘミアン・ラプソディ』:PG-13指定。上映時間は2時間14分。採点は星4つ中2つ。日本では、11月9日(金)より全国ロードショー。

By JAKE COYLE, AP Film Writer
Translated by Naoko Nozawa

Text by AP