『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』レビュー マーベルの新たな挑戦

Chuck Zlotnick / Marvel Studios via AP

 いまひとつパッとしない陳腐で小粒なストーリーを10年続けた後、ようやくマーベル・スタジオは、シリーズを大きくスケールアップする方向に舵を切った。

『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』は、もちろんスケールの大きい作品だ。しかしマーベル映画にとって、スケールの大きさは特に目新しい要素ではない。それはもはや「前提」でさえある。しかし、もうすでに巨大なものを、さらに巨大化することは可能だろうか? ところが、もうすでにこのジャンルで圧倒的優位に立つマーベルが、30人以上ものヒーローを結集させ、途方もない新たな挑戦へと踏み出した。小国の全人口にコスチュームを用意できるほどのスパンデックス(ヒーローのコスチュームに使われる素材)を使用したに違いない。

「インフィニティ(無限・終わりなき)」という言葉は、つねに時代の先、先を見越して技術開発を進めるマーベル・スタジオにとっては意味深い言葉だ。また同時に、「終わりなき」というのは、スーパーヒーローものが大氾濫するこの時代に、ファンと批評家の誰もが折々に感じるところでもある。「スーパーヒーローものは、最後には西部劇と同じ道をたどる(=人気を失い、廃れていく)」と過去に言い放ったスティーブン・スピルバーグさえもが、最近になって、DCコミックの映画化契約にサインした。(訳者注:DCコミック=典型的なスーパーヒーローたちが活躍する米国のコミックメディア)

                                                                                                                 

 ともあれ、『インフィニティ・ウォー』という映画タイトルは、宇宙の辺縁に散らばるという6つの「インフィニティ・ストーン」から採った名前だ。その1つ1のストーンが、それぞれ驚異的なパワーを持つ。(たとえばドクター・ストレンジが持つストーンには、タイムワープの力がある)そして今このストーンを追い求めるのは、強大なる巨人の王・サノス。彼はすでに宇宙の大半を支配下に置いているが、その支配を全宇宙に広げることを目論んでいる。この小道具を―― ではなく、このストーンをすべて集めれば、サノスは指をパチンと鳴らすだけで全宇宙の生物の半数を消去できるようになるだろう。それこそが、過剰な宇宙人口削減のための最適手段だと。サノスはそう考えているのだ。

ジョシュ・ブローリンが演じる敵役「サノス」(Marvel Studios via AP)

 ある意味では、この終末的世界観こそが、今年もっとも期待される映画と言われるこの『インフィニティ・ウォー』の最大の魅力とも言える。監督を務めるのは、アンソニー&ジョー・ルッソ兄弟。二人は『キャプテン・アメリカ』シリーズで知られるベテラン監督だ。この10年にわたり、私たちはすでに、今回の敵役サノス(ジョシュ・ブローリン)をシリーズのあちこちで垣間見てきた。そして今回、ようやくこの伏線が、マーベルの人気ヒーローたちの命をかけたバトルロワイヤルへと展開する。つまるところ、これ以前のシリーズ作品はすべて、本作に向けた長く退屈なプロローグに過ぎなかったというわけだ。

 具体的に誰を、何を褒めれば良いかは迷うところだ。しかしおそらく、マーベル作品の真骨頂、最大の強みは、常に新たなスターを創り出す(あるいは少なくとも、スターの名声を拡大する)そのパワーにある。たとえば『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のスター・ロードを演じたクリス・プラットは、卓越した演技で一躍全米に名を馳せた。ただしネガティブな面を言えば、過去10年間、ロバート・ダウニー・ジュニアはアイアンマン・シリーズに出ずっぱりで、それ以外ではほとんど姿を見なかった。『インフィニティ・ウォー』二部作の製作には18ヶ月もかかったが(後編は来年夏に公開予定)、その間、クリス・ヘムズワースやアンソニー・マッキーのような最高峰の映画スターたちが、ひたすら本作だけに拘束された。ハルク役を務めるマーク・ラファロのファンの間からは、「もう彼を自由にしてあげて!」というかすかな嘆きも聞こえてくる。

 それはさておき、実際、多数の一線級俳優たちが一同に会する『インフィニティ・ウォー』は、見ていて純粋に楽しいのは確かだ(ハイスペックSF版『オーシャンズ・イレブン』)。そしてまさにこれこそが、この映画の醍醐味でもある。脚本担当のクリストファー・マルクスとステファン・マクフィリーのコンビは、多数のヒーローたちを急ごしらえのグループの中に投げ込んで、非常に愉快な化学反応を引き出している。『インフィニティ・ウォー』にすべてを賭けて参戦するガーディアンズは、ヘムズワース演ずる隻眼のソーの迫力に卒倒。「見た目はアレだが、気は優しいヤツだから」とデイブ・バウティスタ演じるドラックスがフォローする。多くのヒーローはお互い面識がなく、彼らが置かれた映画世界の制約事項もわかっていない。「すでにアントマンがいて、またさらにスパイダーマン?」マーク・ラファロ演じるブルース・バナー(=ハルク)の口からは、そんなコメントさえ飛び出す。

 すべてのヒーローが対等にわたりあう映画の舞台は、マーベル内のヒーロー序列を再調整する格好のチャンスという面もある。フレッシュな新顔としては、チャドウィック・ボーズマンの「ブラックパンサー」。クリス・エヴァンスの「キャップ」こと「キャプテン・アメリカ」や、スカーレット・ヨハンソン演じる「ブラックウィドウ」は、今回『インフィニティ・ウォー』では大きな見せ場はない。他方、ゾーイ・サルダナ扮する緑の肌の「ガモラ」と、エリザベス・オルセンの「スカーレットウィッチ」の二人は、前面に立った活躍を見せる。驚くべきことに、「よりどりみどりのスーパーヒーロー大集合」に常につきまとう「詰め込みすぎ感」を、本作品はほとんど感じさせない。これはまさに離れ業、映画製作陣の卓越した能力の証だと言って良い。
 
『インフィニティ・ウォー』が、実際にはスーパーヒーローものではないということも、陳腐さを感じさせない理由かもしれない。この映画の主役は、鍛え上げた鋼の肉体を誇る俳優ブローリンだ。彼が演じるサノスは、疲れた目をした、深い皺の刻まれた巨大な顎をもつ堂々たる体躯の悪漢。このサノスと、その養女のガモラは、この映画全体を通じて登場する数少ないキャラクターである。つまり不動の核としてサノスがあり、その周囲をスーパーヒーローたちが固めるという構図だ。 

 サノスの野望の根底にある人口過剰への不安は、ルッソ監督が抱くヒーロー過多な映画への恐怖心のあらわれと見ることも可能かもしれない。主人公たちの脳裏にも、「誰かを犠牲にする」という考えが何度も繰りかえし浮かぶ。また、過去の『アベンジャーズ』シリーズ、中でもルッソ監督の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』では、社会におけるアベンジャーズの位置づけ、そして彼らが国家の支配を受けるべきかというテーマに、ある程度のウェイトを置いていた。しかし今回『インフィニティ・ウォー』は圧倒的なアクションのみで固められ、政治的な含みはほぼ皆無だ。

 しかし私としては、そもそもそのような政治的な含みのあるドラマを、多くのファンがマーベル映画に期待しているとは思えない。大部分のファンは単純に、アクション、ジョーク、そしてキャラクターそのものが見たくて映画に足を運ぶ。したがって私は、この『インフィニティ・ウォー』が、魅力的な脇役ガーディアンズの効果もあって、大多数のファンの心をつかむだろうと予想する。本来的には、『アベンジャーズ』のような長々しいバトルや連続アクションは、監督を務めるルッソ兄弟の得意ジャンルとは言い難い。もともと彼らは、『アレステッド・ディベロプメント』や『コミ・カレ!!』のようなコメディタッチのコミックアンサンブルで頭角をあらわしてきた。ともすれば単調な、破壊シーンだけの駄作に陥りかねないところだが、その点、本作『インフィニティ・ウォー』は、マーベル・スタジオの「スター創出パワー」全開、豪華俳優のオールスター作品であり、ルッソ監督は必ずヒットをつかむに違いない。

 最も大きな論争を呼ぶのは、何と言ってもエンディング部分だろう(ちらりとでも内容を漏らすとサノスの鉄拳が飛んできそうなので、私はあえて書かないが)。とはいえ、そこまで重くはない。その衝撃は、エンドロールの後、「つづく」感満載のコマーシャルが終わる頃には消えていた。誰が死に、誰が生き残るのか? そこは気になるところだ。けれどもこのシリーズが今後も続くこと、今後もスピンオフ作品が作られることを前提に考えると、そこまで悩む話でもないのかもしれない。

By JAKE COYLE, AP Film Writer
Translated by Conyac

Text by AP

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