愛が持つ14種類の形:世界の言語を分析した結果を検証

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著:Tim Lomasイースト・ロンドン大学、Lecturer in Positive Psychology)

」ほど、人々に慈しまれ、必要とされる感情はない。これは間違いない。しかし、バレンタインデーなどの機会では、「深い愛とは、胸を焦がすロマンス」…といったようにとらえてしまいがちだ。しかし、愛というのは、はるかに複雑なものだ。実際、「愛」という言葉ほど、感情や経験を幅広く表現できる言葉はないといっていいだろう。

 それでは、愛とは本当はどんなものであるか、どうしたら説明できるのだろうか。「Journal for the Theory of Social Analysis」に掲載された研究論文で、私はまず、世界中の言語で愛に関連する言葉、それも英語に存在しないものを探すことにした。

                                                                                                                 

 ほとんどの人が、愛という言葉をかなり自由に使っている。私は妻に対する深い情熱や気遣い、そして尊敬の念を表す際、「愛」という言葉を用いている。しかし、家族と共有するゆるぎない絆や歴史も「愛」であり、また親しい友人とのつながりや連帯感も「愛」だ。愛犬デイジーとの関係や、トム・ウェイツの音楽、そして日曜日の朝のまどろみなど、他の多くのものに「愛」という言葉を使っている。

 愛がどんなものであれ、それが感情や経験の幅広い領域にまたがるものであることは間違いない。もちろん、これに気づいたのは私が最初、というわけではない。たとえば、1970年代、心理学者のジョン・リー氏は、愛には6つの異なる「スタイル」があることを確認している。彼が研究の参考にしたのは、英語以外の言語、特にギリシャ語とラテン語の古典的な辞書だ。そこには、特定の愛の形に関する正確な表現が数多く記載されている。

 リー氏は、愛の主要な3つの形態を特定した。1つ目が情熱と欲望を意味する「eros」。2つめが浮ついた遊び心のある愛情である「ludus」。そして3つ目が家族的、また仲間として大事に思う絆を示す「storgē」だ。それから、彼はこれらの主要形態を使ってさらに3つの二次的な愛の形を生み出した。ludusとstorgē合わせた「pragma」は、合理的で良識のある調整や順応を意味している。一方、erosとludusを組み合わせた「mania」には所有や依存といった問題ある愛情関係を表し、erosとstorgēからは慈悲深く無償の思いやりである「agape」を生み出した。

 この分析は、手始めには十分だが、完全とはいえない。結局、ここで語られていることのほとんどが恋愛関係にとどまっており、愛の範疇(はんちゅう)にある多くの感情が含まれていない。

◆翻訳できない言葉
私はこの作業を、いわゆる「翻訳できない」単語を集めた、より広範な辞書編纂プロジェクトの一環へと拡大することを決めた。今も進行中の本プロジェクトで扱うのは、「幸福」にかかわる言葉で、現在、約1000語が対象となっている。近日中に発刊予定の2冊の本(a general interest exploration of key wordsacademic analysis of the lexicographyで、その内容について深く掘り下げているが、これらの言葉によって、自分がいる文化では見過ごされ、あるいは過小評価されている現象を明らかにすることができるのだ。愛の場合、英語では「love」という単語でひとくくりにしている豊かで多様な感情や絆を、翻訳できない言葉を用いることで理解できるようになる。

 今回の調査では、約50言語から数百という単語を発見した(もちろん、まだまだ探求すべき言語は数多くある)。私はそれらをテーマ別に分析し、14種類の愛の「フレーバー」にグループ分けした。そのうち複数の言語、特にギリシャ語は表現が巧みな語彙が豊富にあり、他を圧倒して多くの言葉を生み出している。

 このように、詩的な一貫性を尊重する精神で、私はそれぞれの「フレーバー」にギリシャ語の名称を付けることにした。私がこれを「フレーバー」と呼ぶのは、その言葉がたった1つの関係性をかたどるものとして、排他的な固定観念を生むのを避けるためだ。たとえば恋愛関係の場合、複数のフレーバーをブレンドし、時とともに微妙に変化するユニークな「テイスト」を生み出す可能性があるというわけだ。

◆14種類のフレーバー
 さて、14種類のフレーバーとはどのようなものだろうか。まず初めの3つは、人ではないものに向けられており、特定の活動(meraki)、場所(chōros)、目的(eros)に対する人々の愛情と情熱を指すものだ。この場合のerosはギリシャ古典に見られる使い方で、恋愛というよりも審美的な感情の文脈で使われることが多かった。実際、愛そのもののように、これらすべての言葉は多様な用途で使われ、変化していくものだ。

 これらのフレーバーはそれぞれ、様々な言語の関連する語を集め、まとめた「複合体」である。たとえば、場所とのつながりを表す「chōros」は「turangawaewae(マオリ語)」、「cynefin(ウェールズ語)」、「querencia(スペイン語)」という概念に反映されている。いずれも、地球上の「いるべき場所」、つまり我々が家と呼べるような安心感を与えてくれる場所への心情と、何らかのかかわりがある言葉なのだ。

 次は人間同士の愛についてだが、最初の3つは恋愛とは異なる形の気づかいや愛情、忠誠心であり、その対象は家族や(storgē)、友人(philia)そして自分自身(philautia)になる。そして恋愛ではリー氏の概念であるpragma、mania、ludusに情熱的な欲求の「epithymia」と悲しい運命の「ananke」が加わる。

 繰り返しになるが、これらの名称はいずれも多様な言語の関連する単語をまとめるためのものだ。たとえば、anánkēの精神は、日本語の「koi no yokan(恋の予感)」にもみられる。これは、初めて会った誰かに対し、恋に落ちることが避けられないと感じる気持ちを指している。また、中国語の「yuánfèn」という言葉は、抗いがたい運命によって結び付けられる、と解釈することができる。

 最後に、無償の「超越的な」愛を表す3つの形では、個人のニーズや関心事は比較的軽減される。これらは慈悲深さのagape、そして、たとえば集団力学にすくい上げられるような「参加意識」がもたらす一瞬のきらめきの如き感情の(koinonia)、そして宗教信者が神に抱くような敬虔な献身(sebomai)が挙げられる。

 我々が、愛し愛される方法は数多くあることは間違いない。あなたや人生のパートナーがepithymia、pragma、anánkēといった感情を経験するかもしれないし、さらに(あるいはもしくは)、storgēやagápē 、koinoniaの瞬間に恵まれる可能性もある。同様に、深い友情がpragmaやstorgē、agápēそしてanánkēというフレーバーに満たされることで、我々は一生つながることのできる、深く運命的な絆を感じることができる。

 さらに、この14種類のリストはいまだ暫定的なものであり、まだ知られていないフレーバーが潜在する可能性もある。ゆくゆくは、典型的なハリウッド映画のような大恋愛などしていなくても、我々の人生が愛によって大切な希望に満ちたものであると再確認できれば、と願っている。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by isshi via Conyac

Text by The Conversation

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