eスポーツ、世界に追いつくためには? プロチーム代表・江尻勝氏が考える必要なこと

photo: Kosuke Uchimura

 eスポーツという競技をご存知だろうか。コンピューターゲームで真剣勝負する新しいジャンルのスポーツで、高額な賞金の大会が世界各地で開催されている。プロチームに所属する選手も多く、大会会場やインターネット越しに多くの観客を集めている。

 ただ、「ゲームは遊びとしてみんなで仲良く楽しむもの」という風潮が強い日本では、「ゲーム」と「スポーツ」が結びつきづらく、eスポーツはまだ馴染みが薄い。海外で絶大な人気を集めるFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)といった競技性が高いゲームよりも、RPG(ロールプレイング・ゲーム)など非対戦型のゲームの人気が高いガラパゴスなゲーム事情も、ゲーム大国と言われながらeスポーツでは世界から一歩遅れている要因かもしれない。

 とはいえ、2020年東京オリンピックも控えて社会全体のグローバル化が進む中、最近は一般メディアでも「eスポーツ」という言葉がしばしば登場するようになってきている。この分野で世界に追いつけるかどうか、あるいは世界との違いは何かという点を探ることもまた、今後の日本の行方を占う一つの指針となるかもしれない。そこで、国内では数少ないプロゲーミングチーム『DeToNator』代表の江尻勝氏に、ゲームの世界におけるグローバル化などについて話を聞いた。

◆人は人生をかけた真剣勝負に感動する
 江尻氏は美容師として働いていた33歳の時に、日本ではまだ馴染みが薄かったPCゲームと出会い、その高い競技性にハマった。『DeToNator』を設立して本格的に競技を始めたわずか2年後の2011年にFPS『Alliance of Valiant Arms(AVA)』の大会で日本一になった。

「その当時でも1400人収容の後楽園ホールが満員になりました。だから、以前からゲームの大会自体の盛り上がりは国内でもあるんです。でも、野球やサッカーのように、一般で話題になったかというとそれは全くない。一方、2014年に同じAVAの国際大会で台湾のチームが優勝した時には、彼らが帰国してきた空港に台湾中のテレビ局が殺到したんですよ」。それくらい、eスポーツ大国と言われる台湾、韓国、スウェーデンといった国々と日本の社会的認知度には差がある。

 日本でこれまで今ひとつeスポーツが盛り上がってこなかった理由の根幹には、コンピューター・ゲームはあくまで「遊び」としてみんなで楽しむものであり、真剣勝負=プロスポーツとはかけ離れたものだと認識されているからだと、江尻氏は分析する。「それが何であれ、人生をかけて戦っている姿に人は感動します。ゲームでも選手たちがそういう姿を見せていけば、だんだんとスポーツとして認知されていくはずです」。

 筆者は少年時代の一時期をイギリスで過ごしたが、思えば、スヌーカー(英国式のビリヤード)、ダーツといった日本では”ゲーム”として扱われているものが、サッカーやクリケットと並ぶメジャースポーツとして扱われていた。スヌーカー、ダーツのプロの大会はBBCなどで大々的に放映され、当初はルールが全く分からなかった私もその真剣勝負の観戦にのめりこんでいった。スヌーカーのトップ選手は当時のトップレベルのプロサッカー選手を上回る年収を得ていると聞き、驚いた記憶もある。チェスも国際的にはスポーツとして扱われており、フィジカルな要素の強弱にかかわらず、「真剣勝負」を繰り広げる競技はヨーロッパを中心に、国際的にはスポーツとして扱われる傾向にあるのだ。

◆日本人選手と海外選手の違い
 eスポーツの認知度と比例するように、日本の競技レベルはまだまだ世界に追いついていないという。その理由は、小手先のゲームの技術ではなく、根源的な「人間力」の差にあると江尻氏は見る。特に『DeToNator』が参戦しているFPSなどのPCゲームの場合、「協力プレイ」によるチーム戦がほとんどであるため、選手たちのコミュニケーション能力が勝敗を左右する。

「選手として、チームの代表として世界中を回って多くの日本人選手と海外選手に接してきた経験からあえて言いますが、日本人はコミュニケーションが苦手だと思います。怒られたくないから、場の空気を悪くしたくないからと、自分の意見を言えない人が多い。海外の強いチームの選手たちは、しょっちゅう言い合いをしていますよ。勝つために意見を出し合う、言いたいことを言うのが正義なんです」。意見がぶつかったからといって、相手の人間性を否定しているわけではない。「その証拠に、彼らも試合が終わった後はまた仲良くやってますよ」と江尻氏は言う。

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江尻勝氏
photo: Kosuke Uchimura

 よく言えば平等、悪く言えば出る杭は打たれるような、これまでの日本社会のスタンダードが変わらない限り、日本選手の”コミュニケーション下手”はそうそう変わるものではないかもしれない。江尻氏も、若い選手たちに意見を言うように指導したからといって、山が動くような問題ではないと理解している。だから、横から見ていて失敗すると分かっているような場合でも、あえて見守るだけにしている。「10年20年かけて日本人全体が今よりも自立して、その中で若い人たちがきちんと成長すれば、必ず変わっていくと思います」と、長い目で見ている。

◆「人間教育」がすべての鍵
 一方で、江尻氏は日本独自のゲーム文化を否定はしない。「ガラパゴスは、決して悪い意味ではないと思います。日本が独自進化を遂げて、それが日本人にフィットして一つの形になるのだったら、そこに携わっている選手たちも幸せになるわけですから」。同時に、世界に飛び出し、世界のレベルに追いつかなければ先はない事も強く認識しており、今はあらゆる海外情報を集めて世界進出の準備に余念がないという。

 プロチームである『DeToNator』が世界の舞台で躍進すれば、必然的にeスポーツ全体も日本で一般に受け入れられるはずだ。そのために一にも二にも大切なのは「人間教育」だと江尻氏は力説する。「コミュニケーション能力が勝敗に直結するこの世界では特に、言えばいいことを言わないで自分の中にためることは罪です。チームの繁栄も、会社の繁栄も、業界の繁栄も、すべては一人ひとりの人間性にかかっている。もう、これはゲームという括りだけでは語れないんです。だから、うちに入りたいという若い子たちには、ゲームを通じてコミュニケーションそのものを学べるんだよ、ということは必ず伝えています」。

 もちろん、『DeToNator』は教育機関でもなければ、慈善団体でもない。プロである以上、もともと無収益な「ゲームをする」という行為から利益を生み出す「マネタイズ」が求められる。「僕は、プロは出来高だと思っています。チーム経営者として、能力があれば上に行けるということを実地で示しているつもりです。自分自身の人生を自分で考えて、やりたいことがあればやりなさい、という年功序列とは真逆の世界です。切磋琢磨して皆で刺激し合いながら成長する。その意味では平等なんです」。『DeToNator』の選手たちの大半は10代20代の若者たちだ。アメリカなどでは高齢の選手たちも活躍しているという。彼らが世界レベルに成長し、ベテランとして活躍する頃には、日本社会はどんなふうに変わっているだろうか。

Text by 内村 浩介