フェミニストで反ファシスト……ムーミン作者のトーベ・ヤンソン、実はこんな人

Juha van 't Zelfde / flickr

 先の大学入試センター試験の地理の問題に出題され、にわかに注目を集めているムーミン。フィンランド生まれで、丸い体につぶらな瞳が特徴の愛されキャラだが、作者のトーベ・ヤンソンは、ムーミンのイメージから想像できないプログレッシブな女性だったとされている。

◆ファシストを見つめるムーミン。戦争批判の風刺画から世界的人気者に
 トーベ・ヤンソンは、1914年にフィンランドのヘルシンキで生まれた。父はフィンランド人、母はスウェーデン出身で、どちらも芸術家であった。英プロスペクト誌によれば、ヤンソンは学校が嫌いで、絵を描くことに力を注いだという。

 13才の若さで初のイラスト入りストーリーが雑誌に載り、翌年からは風刺画も書くようになった。戦争を嫌うヤンソンは、雑誌「ガルム」に独裁者を批判する絵を描いた。後に太ったコソ泥としてヒットラーを描いたことで、「親しい国(ドイツ)のリーダーを侮辱するもの」として、編集者があやうく告訴されそうになったというエピソードもある。この絵の中で、ヒットラーの愚行を片隅で見つめる存在として、初期のムーミンが登場している(ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス、以下NYR)。

 ヤンソンは15才で学校を去り、ストックホルム、ヘルシンキのアートスクールで絵を学んだ。その後パリに渡り、印象派の作品に出会い、1930年代から1940年代前半は、マティスなどに強く影響を受けている。順調に画家の道を歩んでいたが、戦時中のインスピレーションのなさに苦しみ、逃げ場を求めて描いたのがムーミンだったとプロスペクト誌は解説している。

 ムーミン小説は全9作で、第1作「小さなトロールと大きな洪水」は、1945年に出版された。幼いムーミンとムーミンママが自然災害と戦う物語で、プロスペクト誌は、戦争へのアレゴリー(寓意)をこめた作品だとしている。その後はムーミン人気に火が付き、書籍はこれまで世界44ヶ語で翻訳され、1500万部以上が販売されている。新聞の連載漫画にもなり120紙に掲載され、テレビアニメ、映画、テーマパーク、キャラクターグッズの販売などで不動の人気を築いている(NYR)。

◆固定観念を否定し、女性の強い生き方を表現
 ガーディアン紙は、ヤンソンにはフェミニスト的な一面があったと述べる。自ら「フェミニスト」と名乗ることはなかったが、女性は家にいて子育てをすべきというような、社会が求める女性の生き方にチャレンジを挑んだ人だったと、姪のソフィア・ヤンソン氏は話す。必ずしも簡単な選択をせず、慣習に逆らって普通と異なる自分を求めたとしている。

 ムーミン・シリーズに登場するキャラクターたちも、強い女性たちが多いとガーディアン紙は指摘する。率直な物言いをするちびのミーや、冷静で自信に満ちたムーミンママがその例だ。やさしいムーミンママはフェミニストには見えないが、そのモデルはヤンソンの母親で、彼女こそがアーティストとしての熱い職業倫理をヤンソンに教えた人だと、姪のソフィア氏は述べている(同紙)。

 当時違法とされていたレズビアンであったヤンソンにとって、ムーミン・シリーズは、自分の愛する女性たちに敬意を表する場でもあったと、ガーディアン紙は述べる。いつも離れずに一緒のトフスランとビフスランのモデルは、ヤンソンと当時のパートナー、ヴィヴィカ・バンドレルだったとされる。後にパートナーとなったトゥーリッキ・ピエティラは、ムーミンの心配を和らげ自立を促した楽観的なキャラクター、おしゃまさんのモデルだった。

 強い女性やキャラクターから支えられたヤンソンの人生は、常に大胆な決断に満ちていたという。戦争に反対し、結婚や家族を持つことを選ばず、ディズニーからのムーミン・ブランド買収も拒否したヤンソンは、小説家、画家、デザイナー、実業家として、自分の信念を貫いたとソフィア氏は回想している(同紙)。

◆ムーミン成功への苦悩。芸術家ヤンソンへの再評価の動き
 ヤンソンは「半分禁じられた、快楽じみた趣味」であったムーミン・シリーズの成功を最初は喜んでいたという。しかしムーミン人気は、アーティストとしての自分を覆い隠す結果となり、ヤンソンの気持ちは暗く沈んでいったという。1959年には、ムーミンとの関係が「ぼろぼろの結婚のようになり始めた」と語り、ムーミンを描く際に憎しみをも感じ始めたと告白している(プロスペクト誌)。

 1970年代になると、ヤンソンはムーミン・シリーズを完結させ、大人向けの小説や絵画の制作に力を入れた。10代のときから2001年に亡くなるまで、ヤンソンは多様な作品を残しており、NYRによれば、ムーミンを越えたところでの、芸術家ヤンソンへの注目が近年高まっているとのことだ。

Text by 山川 真智子